2013年(平成25年)12月4日は何の日かご存じですか。
この日は「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」を「和食;日本人の伝統的な食文化」と題して、ユネスコ無形文化遺産に登録された日です。
このコラムでは味覚を鍛える脳トレーニングの方法をお伝えし、和食を味わうこととの関係をまとめました。
味覚を感じるシステム
味覚は五感のひとつです。五感とは味覚、聴覚、視覚、嗅覚、触覚の5つの感覚をいいます。
味覚は主に舌の表面の味蕾(みらい)にある味細胞で味の成分をキャッチし、神経を介して脳の大脳皮質の味覚野という部分に伝わることで感じます。
私たちは、味の成分の刺激だけを味としてとらえているのではなく、香り、温度、色、形、噛む音、口触りなども感覚として捉え、これらを総合して味を感じています。
ヒトは、味覚を含めた五感を使って食を味わっているのです。
味覚を脅かすもの
味覚障害の主なものは亜鉛不足、薬の服用、病気があげられます。
精神的なストレス、運動、中高年では入れ歯のかみ合わせが良くないことなどによっても味覚が変わります。
亜鉛不足
味蕾にある味細胞は約1か月で新しい細胞と入れ替わるのですが、その時に亜鉛が必要になります。
亜鉛が不足すると味蕾が本来の形を保つことができず、味の成分をキャッチする能力が低下し、味覚障害を引き起こします。
薬の服用
降圧剤、利尿剤、消化性潰瘍治療剤、抗うつ剤、抗菌剤、抗がん剤などの服用。
病気
アルコール依存症、糖尿病、慢性腎疾患、肝臓疾患、膵臓疾患など。
味覚を鍛える
イチゴリズム執筆者のひとりである神経内科専門医・木ノ本景子医師が、その著書『脳の取扱説明書』(みらいパブリッシング、2016年)の中で味覚の鍛え方として次のことを挙げています。
・食事は少しずつ順番に食べること
・よく噛んで唾液の分泌を促すこと
・味を意識しながら食べること
・美味しい気持ちを共有すること
脳トレ①「食事は少しずつ順番に食べること」
同じものばかり食べずに、いろいろな料理に箸をつけあれこれと食べることです。
こうすることで、口の中では味が複雑に絡み合うので味覚への刺激となります。
反対に、ご飯ならご飯だけ、味噌汁なら味噌汁だけ、おかずならお肉だけ、野菜だけというように、口の中でほかの料理が混ざらない食べ方はお勧めできません。
片付け食い、ばっかり食べ、ばっかり食いといい、単調な味が続くことになるので味覚への刺激が減るからです。
最近は子どもや若者だけでなく中高年にもばっかり食いがみられるので気をつけましょう。
脳トレ②「よく噛んで唾液の分泌を促すこと」
味覚を感じるには、食べ物の味の成分が唾液に溶け、味蕾の奥にある味細胞の突起に付着することが必要です。
子どもの頃、ご家庭で「よく噛んで食べなさい」と言われた記憶はありませんか。
味覚にとってはよく噛むことで2つのメリットがあります。
1)噛むことで食べ物が小さく砕かれ味の成分が唾液に溶けやすくなります。
2)噛む回数が増えると唾液の分泌量が増えるので、食べ物と唾液が混ざりやすくなります。唾液の分泌量が増えると口の中の清浄化に役立ち虫歯の予防にもなります。
脳トレ③「味を意識しながら食べること」
和食では甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つが基本味と位置づけられています。
うま味の成分であるグルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸を発見したのは日本人で、和食には出汁(だし)のうま味が欠かせません。
ひとつの食材、ひとつの料理にはひとつの味しかないのではなく、いくつかの味が含くまれています。
食べているものがどの味を含んでいるのかを意識しながら食べると、味覚の知覚能力が上がります。例えば、餡は甘味に少しの塩味を組み合わせることで、甘味だけの場合よりも甘味が一層引き立ちます。
このような味を感じ取り、どのような味が含まれているのか意識してみるのです。
調理法によっても食材の味が変わるので、どのように調理されたかに思いを馳せるのも良い脳トレーニングになります。
脳トレ④「美味しい気持ちを共有すること」
平成26年10月に発表された東京都の「食生活と食育に関する世論調査」では、家族と食事をしている割合は前回調査(平成19年)より減っています。また、一緒に食事をしていても別のものを食べていることがあるという結果が出ています。
皆さんはいかがでしょうか。孤食の時や、誰かと一緒の食事でもテレビやスマホに気を取られて会話のないことはありませんか。
美味しい気持ちを共有すると、コミュニケーションの喜びと共に食の情報が脳に蓄積していきます。
情報の蓄積がヒトの嗜好を作っていくと考えられます。
「和食;日本人の伝統的な食文化」の特徴
農林水産省ホームページに掲載されている「和食;日本人の伝統的な食文化」の特徴を転載しました。
多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
日本の国土は南北に長く、海、山、里と表情豊かな自然が広がっているため、各地で地域に根差した多様な食材が用いられています。また、素材の味わいを活かす調理技術・調理道具が発達しています。
健康的な食生活を支える栄養バランス
一汁三菜を基本とする日本の食事スタイルは理想的な栄養バランスと言われています。また、「うま味」を上手に使うことによって動物性油脂の少ない食生活を実現しており、日本人の長寿や肥満防止に役立っています。
自然の美しさや季節の移ろいの表現
食事の場で、自然の美しさや四季の移ろいを表現することも特徴のひとつです。季節の花や葉などで料理を飾りつけたり、季節に合った調度品や器を利用したりして、季節感を楽しみます。
正月などの年中行事との密接な関わり
日本の食文化は、年中行事と密接に関わって育まれてきました。自然の恵みである「食」を分け合い、食の時間を共にすることで、家族や地域の絆を深めてきました。
味覚を鍛える脳トレと和食の関係
味覚を鍛える脳トレと和食の特徴を読んで何か気づいたことはあったでしょうか。
和食を味わうこと自体が実は脳トレーニングだと筆者は思いました。
ざっと当てはめてみると次のようになります。
多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重→脳トレ①、脳トレ②、脳トレ③、脳トレ④
健康的な食生活を支える栄養バランス→脳トレ①、脳トレ②、脳トレ③
自然の美しさや季節の移ろいの表現→脳トレ③、脳トレ④
正月などの年中行事との密接な関わり→脳トレ④
脳トレ①「食事は少しずつ順番に食べること」
脳トレ②「よく噛んで唾液の分泌を促すこと」
脳トレ③「味を意識しながら食べること」
脳トレ④「美味しい気持ちを共有すること」
日本の「和食;日本人の伝統的な食文化」では、おかずを食べやすい米、発酵調味料や発酵食品、海の物山の物などの豊かな食材をいただけます。そして、四季の移ろいと共に旬の物も変わっていき食卓を彩ります。
それらを家族や集落などのコミュニティで行事を通して心で味わい、食を通して体で味わって食文化を培ってきました。
その過程で、味覚を鍛える脳トレーニングは意識しなくても自然に親から子、子から孫へと伝えられたのだろうと思います。
最後に
日本の「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録されました。
味覚を鍛える脳トレーニングは和食という食文化を育む中で自然に身についていくもので、私たちの人生を心身共に豊かなものにしてくれます。このことを忘れずに日々の生活の中で和食を味わっていきたいものです。
最後になりますが、どの国、どの地域にも先人の知恵としての伝統的な食文化があります。
どの食もヒトの心身を養う知恵の結晶です。素晴らしい文化です。
今回は和食にフォーカスした話となりましたが、何をいただくときも感謝しつつしっかり味わうことをしていきましょう。
そうすれば、味覚は鍛えられ、脳は活性化します。