子どもには幸せに育ってもらいたい、
親なら誰しもそう望むのではないでしょうか。
しかしどんなふうに子育てすれば子どもは幸せに育つのか、悩む人も多いように思います。
ネットや本ではそんな方に向けて、子育ての情報がたくさん発信されています。
「褒める子育て」もその一つ。
子どもをどんどん褒めよう。
子どもの自己肯定感が高まります。
しかし最近は、そんな動きに反するように、「褒める子育て」は間違い、というような情報もよく目にするようになりました。
子どもを褒めることは良いことなんだろうか、それとも良くないんだろうか、
「褒める子育て」を掘り下げていきながら、子どもの自己肯定感を高める子育てについて考えていきたいと思います。
「褒める子育て」のメリットデメリット
「褒める子育て」を勧める情報には褒める子育てのメリットを以下のように表現しているようです。
・子どもの自己肯定感を高めることができる
・前向きな気持ちをはぐくむことができる
・子どもが自分に自信を持つことができる
反対に、「褒める子育て」のデメリットとしては以下のようなことがよく書かれています。
・子どもが打たれ弱くなる
・勘違い人間になる
・褒めないと動かなくなる
メリットを見れば子どもは幸せに育ちそうですが、デメリットを見ると、あれ?となりませんか。
褒めると前向きな気持ちになるのに、褒めると打たれ弱くなる?
一見、メリットデメリットは相いれないように感じますが、どういうことなのでしょうか。
まず「褒める」ということは一体どういうことなのか、見直してみたいと思います。
褒めるとはどういうこと?
「褒める」の意味
「人のしたこと・行いをすぐれていると評価して、そのことを言う。たたえる。」
デジタル大辞泉より
つまり、子どもを褒める、の辞書的な意味合いは、
子どものしたことを、すぐれていると評価したときに、そのことをたたえること、のようです。
ここに「褒める」のメリットデメリットの分かれ道があるように思います。
自己肯定感とは、ありのままの自分を肯定する気持ち、ありのままの自分で価値があると感じる気持ちです。
しかし親が子どものしたことの中で、親が評価する「すぐれている」ことしか褒めないとしたら、子どもはありのままの自分で価値があると感じられるでしょうか。
または、本音では「すぐれている」と思えないことでも、褒めないといけない、とばかりに、本音とは裏腹なことを言ってしまっても、子どもは本音の方を感覚的に見抜いてしまうこともあるように思います。
親の言葉と本音との不一致感に、子どもはどこか不安を感じるかもしれません。
もしくは、褒めてやる気にさせよう、など、下心で子どもの行動をコントロールしようとして褒める場合にも、子どもは混乱や不信感を覚えそうです。
そういった褒められるときに感じる不安や混乱、不信感が、デメリットとして挙げられているような状態につながっていると言えそうです。
では子どもがメリットとして挙げられている状態になるような褒める、とは一体どういうことなのでしょうか。
「褒める子育て」のその先は
あなたは子どもが何をしたときに「すぐれている」と感じますか。
親の言うことを素直に聞いたとき?
勉強ができたとき?
元気に遊んでるとき?
好き嫌いしないで完食したとき?
挨拶をしっかりできたとき?
すぐれているのか、ダメなのか、判断する評価のものさしは人の数だけあると思います。
評価のものさしは、世間一般で言われていることだったり、自分が親から言われてきたことの影響を無意識に受けています。
でも究極を言うと、子どもは生きているだけで、存在しているだけで、すぐれているのではないでしょうか。
ニュースなどで自分の子どもと同い年くらいの子どもが亡くなったと知ったとき、(あー、子どもが生きているってことだけで、本当に素晴らしいことなんだな)、としみじみ実感する人がほとんどだと思います。
この子がこの子であるだけでいいんだ、そう感じたとき、評価のものさし自体がどうでもよくなる気がしませんか。
子どもが何をしようとしまいと、ただ存在するだけでいい。
子どもの存在そのものが褒める対象、となったとき、褒めることは特別なことでなくなり、敢えて口に出して言うことではなくなるかもしれません。
言葉で褒められなくても、子どもは親からありのままの自分の存在が無条件に認められていることを肌で感じ取るでしょう。
例えるなら究極の「褒める子育て」、それは「認める子育て」とも言えるのかもしれません。
そのように育てられた子どもは、ゆるぎない自己肯定感を持ち、前向きで、失敗にびくびくせず、深い安心感とともに幸せな人生を歩んでいくのではないでしょうか。
「認める子育て」とは
でも子どものすべてを認めてしまったら、とんでもない大人に育ってしまうのではないか、そう危惧する方もいそうです。
とんでもない大人とは、周りとの協調性を一切考えず、自分の欲望のままに突っ走って、迷惑をかけまくるイメージでしょうか。
しかし、すべてを認めることと、やりたい放題にさせておく、とはまた違うことのように思います。
例えるなら、宇宙人とのコミュニケーション。
宇宙人がホームステイにやってきたけれども、地球でどう暮らしていったらいいのかが全然わからない。
地球人とのコミュニケーションの仕方もわからない。
そんな宇宙人に対し、個人としての宇宙人を尊重しながら、地球での生き方やスムーズに生きるために必要な人と人との間の目に見えないルールを自分なりに紹介する。
もし、宇宙人が自分の星でのルールで行動してしまい、その行動が自分にとって嫌だと感じたとする。
そんなときは、宇宙人のルールも理解しようとしながら、その行動をやめてほしい理由を宇宙人に理解できるように繰り返し説明しようとし、やめるようにお願いする。
宇宙人が徐々に地球に溶け込み、地球での学びを進めていくのを見て、喜びを感じるなら、それを伝えて分かち合い、親密度を増していく。
さて、宇宙人を子どもと置き換えてもう一度読んでみてください。
認める子育て、とは、親から子への一方的な働きかけというよりも、個人と個人が尊重し合いながらうまくお付き合いしていく道を模索していく、というイメージかもしれません。
そして、尊重をベースとしたコミュニケーションが親子の間で日常的であれば、人に迷惑をかけまくる、という大人には育っていかないように思います。
高度な「認める子育て」
しかし、「認める子育て」、とは、実は非常にレベルの高い子育てです。
なぜなら、他者(子どもも含む)のありのままを認めるためには、まず、自分のありのままを認められていることが前提になるからです。
あなたはありのままの自分を認められているでしょうか。
●●な自分はいいけど、✖✖な自分はダメ、などと自分を評価していないでしょうか。
例えば、頑張ってる自分は褒められるけど、怠けている自分はダメ、など。
自分を、いい自分、ダメな自分、に分けてしまっているときは、ありのままの自分を認められていないということです。
ではありのままの自分を認めて、「認める子育て」をしていくためには、どうしたらいいのでしょうか。
「褒める子育て」から学ぶ、「認める子育て」
ありのままの自分を認めるためのヒントは、子どもを褒めることから気づくことができます。
① 子どもの褒めるところを見つけてみようとする
子どものある行為に対し、ダメ出ししてしまいそうになるとき、この行為に対し褒めるとしたら、どうやって褒められるかな、と探してみます。
例えば、子どもが好き嫌いをする行為に対し、ダメだと感じるとしたら、褒める部分を見つけてみようとします。
好き嫌いをはっきり言えるのはすごい、自分の気持ちに素直でいいな、など。
そこで、褒める気持ちが心から出てこなかったり、やっぱり好き嫌いしてはダメだ!と反発する思いが出てきたとしたら、どうして自分はそのように感じるのか、意識を向けてみてください。
自分が小さかったころ、自分の親からやはり、好き嫌いしては大きくなれない、など、しょっちゅう言われていたな、など、思い出すかもしれません。
そう、子育て中に出てくる評価のものさしは、小さいころ、自分の親が持っていた評価のものさしをそのまま受け継いでいることが多いのです
その評価のものさしが、ありのままを認める阻害要因になっています。
まずはどんな評価のものさしを持っているのか気づくことから始めましょう。
そして一歩進んで、評価のものさしを持ち続けていることが、ありのままを認めるために必要なのかどうか、自分に問いかけていきましょう。
② 子どもを褒めるとき、自分の気持ちにフォーカスする
子どもを褒めるとき、100%の気持ちで褒めているでしょうか。
褒めたら子どもが調子にのりそうで嫌だ、
褒めてあげないとかわいそう、
私ももっと褒められたい・・・
褒めながらも、そんなネガティブな気持ちが湧いてきたりしないでしょうか。
自分の本音に気づいてあげましょう。
どんな自分の本音も否定せずに、ありのまま受け止めてあげることが、ありのままの自分を認めることにつながっていきます。
③ 自分の褒めるところを見つけてみようとする/自分を褒めるとき、自分の気持ちにフォーカスする
人は無意識に自分を他者に投影します。
自分を褒めることと、子どもを褒めることはつながっているのです。
上の二つは子どもに対してのことでしたが、それを自分に置き換えてやってみてください。
より深い部分からの評価のものさし、自分の本音に気づきやすくなるでしょう。
「認める子育て」で親も子どもも幸せに
たいていの人は、評価のものさしを持っていて、その評価のものさしを基準に自分や人のダメなところにフォーカスしがちです。
でもものごとには、ダメな面もあればいい面もあります。
その両方をフラットに見られるようになったり、評価のものさし自体に気づきそれを手放そうとすることで、ありのままを認めることがしやすくなってきます。
どんな自分であっても、ありのままの自分を認める、そうやって生きることは、自分自身の幸せにもつながっていくのではないでしょうか。
「認める子育て」をしようとすることは、子どもだけでなく、自分も幸せに生きることができる、一粒で二度おいしい、お得な子育て法なのかもしれません。