はじめに《子供が社会に上手に関わっていく教育》
子供が社会に関わっていくことは大人になるプロセスとしてとても重要です。
学校でも家庭でも上手にそれを促すことができれば、子供達は自ら社会の問題と向き合い、解決しようとします。
大人が手を出し過ぎるのでもなく、完全に放任でもない、ちょうど良いバランスでサポートすることができれば、子供達はその柔軟な発想と素直な行動力で大人が想像もつかない結果を生み出すことができます。
今回は長女が学校で行った奉仕活動のその後をご紹介しながら、子供が社会問題に関わっていく重要性と可能性を考えていきたいと思います。
1.CASプロジェクトとその課題
『世界の教育「国際バカロレア」①~CAS(クリエイティビティ、アクション、サービス)の授業』で長女が行ったCASプロジェクトについてご紹介しました。
CASプロジェクトとはCASの授業の中のサービス(社会奉仕)をグループで行うプロジェクトのことです。
長女は子供が好きなこともありCASプロジェクトとしてエジプトの孤児院で英語を教える社会奉仕活動を行うことにしました。
2年間、ほぼ毎月、時には1週間おきにカイロ市内の孤児院を訪問し続けました。
その孤児院には70人余りの女の子が生活していて、シスター1名と数人のスタッフで運営しています。
長女はシスターや子供達と相談しながらアートなどのクリエイティブな活動を通して英語を教えることにしました。
その成果は以前のコラムをご覧ください。
初めは一人でやっていた活動でしたが、徐々に人も集まり、最後はグループで活動できるようになりました。
しかし、自分が卒業するにあたって後継者がいないことに悩んでいました。
いくら良い活動ができたとしても、これは学校の授業の一環なので卒業してしまったらプロジェクトも終了してしまいます。
この活動が続くことを願いながらも、自分で最後になるかもしれないと思い、卒業までにできるだけ多くのことを支援したいと思いました。
運営しているシスターと何度も話し合っているうちに孤児院には基本的な生活物資(ドライヤー、シーツ、服、保存食、文房具など)が足りていないということが分かりました。
しかし、長女の学校にはこれらの物を提供する予算がないためどうすることもできませんでした。
孤児院に通い続けて子供達と一緒の時間を過ごすことくらいしかできなかったのです。
2.人との出会いと道が開けていくプロセス
しかし、最後の学年を迎えた年に新しくCASコーディネーター(CASを指導する先生)になった先生に物資のことを相談しました。
以前のコーディネーターはCASに対してあまり熱心ではなく、長女の活動にも興味が薄い印象でした。
しかし、それに対して新しい先生は生徒の活動の進展や課題などに親身になって関心を示してくれました。
孤児院に物資を寄付したいけれど資金がないことを説明しました。
すると、その先生自身のお金と学校の予算から資金を出してもらえることになったのです。
更には、自分が卒業試験で忙しい時に、先生一人でシスターに会いに行ってくれたとのことでした。
具体的に物資を届けに行く日が決まりました。
そして先日、学校で集合して行くことになったのですが、集合場所に着いてみると、いつも孤児院に行く時に使っているミニバンとは別に荷物が山積みになっているトラックが一台停まっていました。
長女はてっきりみんなで一緒に物資を買いにいくものだと思っていたのですが、なんとその先生が一人で手配してくれていたのです。
しかも、トラックの荷台から溢れそうなほどの物資の量に本当に驚いたと言っていました。
実際に孤児院に荷物を運び入れてみると廊下が物資でいっぱいになって歩けなくなるほどの量だったそうです。
シスターは大歓迎してくれて、本当に喜んでくれたそうです。
しかし、子供達の反応は意外なものでした。
3.子供達から本当に求められていたもの
孤児院に物資を届けに行くと子供達も傍に寄ってきました。
そしてこう聞かれました。
「今日も英語を教えに来てくれたの?」
「今日はプレゼントを届けに来ただけだよ」と言うと、子供達はとても残念がっていたそうです。
長女はその孤児院で英語を教えたり一緒に遊んだりしてきましたが、それだけではなく、直接的に彼らのニーズに応えることがしたいと思っていました。
チャリティーでお金を集める行動もしましたし、今回のように先生に協力して物資を届けることもできました。
孤児院のシスターやスタッフの人達からも「とても感謝している」と言ってもらえました。
これからも長女の学校の生徒にCASプロジェクトで来続けて欲しいと言ってもらえて、良い関係作りができたことを誇らしく思いました。
しかし、孤児院の子供達にとっては、物資よりも一緒の楽しい時間の方がずっと嬉しかったのだと思います。
長女は学校内でこの活動をPRする機会はいくらでもあったそうです。
しかし、一切PR活動をしませんでした。
その理由は、他にもチャリティーの宣伝をする生徒はたくさんいて、その中でお金を集めて寄付して終わりという風にはなりたくなかったのだそうです。
周りの生徒は実際に孤児院に行っていないし、子供達にも会っていないので想いが伝わらないのではないかと思い、できるだけ物よりも楽しい時間を子供達にあげたいと思っていました。
その孤児院と長女の学校は信頼関係で交流が続いてきたそうです。
孤児院の中には寄付金を悪用する施設もあり、以前にそういう施設に学校が騙されたこともあったようですが、この孤児院は違いました。
良い関係が続いている間柄ですから、ただお金を寄付するのではなく、自分たちで足を運んでコミュニケーションをとって信頼関係を守ると同時に発展させたかったそうです。
しかし、最後の方は長女も卒業試験で忙しくなりコミュニケーションが途絶えそうになってしまいました。
それを解決してくれたのが新しいCASコーディネーターの先生とその先生の寄付だったのです。
最後に孤児院を訪問した時、長女の孤児院に対する感謝の気持ちとこれからも学校としてずっと関係を続けていこうという気持ちを込めて物資を届けることができました。
その気持ちがシスターにも子供達にも伝わったようでした。
そして、CASコーディネーターの先生が今後も孤児院と提携してくれることになり後継者問題も解決しました。
おわりに《社会と関わるとは想いを積み重ねること》
長女がこのCASプロジェクトを始めた時、自分より恵まれない人を助けるという意識でやっていたそうです。
しかし、孤児院に通うにつれて彼らを不幸だと思うのは彼らの本質を見ていなかったからだと気づきました。
確かに、物がない、お金がない、家族がないということを見たら自分より不幸と言えるかもしれません。
しかし、夢、将来の目標、日頃考えること、悩んでいることに関しては自分と何も変わらないと思ったそうです。
むしろ、感謝の気持ちは孤児院のシスターや子供達の方が強かったのです。
彼らは些細なことでも喜んでくれるし、感受性も豊かです。
シスターの子供達を幸せにしようという姿勢を子供達も感じているからこそ感謝の気持ちがとても強いのです。
だから子供達は物を欲しがらず、お菓子を出しても「それよりも一緒に遊ぼう」と言うそうです。
そんな子供達とも最初から上手くコミュニケーションが取れたわけではなく、しばらくは顔も名前も憶えてもらえませんでした。
しかし、通い続けるうちに長女が来ない週は子供達の方から「どうして来ないの?」とシスターに聞くようになりました。
孤児院のボランティア活動の難点は、提供する側が一定期間やって奉仕した気になることです。
孤児院の子供達にしてみれば「一定期間は家族みたいに付き合ってくれるけれど、期間が終わったらいなくなっちゃう。人というのはずっといてくれない。いつかいなくなる」という観念を持ったまま大人になってしまうことになります。
長女にも2年間という時間制限がありましたが、「一緒の時間を過ごしたい、信頼関係を守りたい」という想いを持ち続けて通い続けたことでシスターと子供達に気持ちが通じ、新しいCASコーディネーターの先生が現れ、その想いが続く結果となりました。
長女がエジプトの社会問題にこれだけ踏み込んで関わり素晴らしい体験ができたのは国際バカロレアの優れた教育プログラムとそれに関わる人達のおかげです。
子供を無知で劣っているものとみなすのではなく、同じ社会に暮らす一人の人間として扱うというプログラムの内容と指導する先生達や奉仕先の人達の協力する姿勢が子供の主体性を引き出し責任感を育んでいるのだと思います。
社会問題は誰か一人が取り組んで解決できるものではなく、多くの人達が社会と関わり、解決したいという想いを持ち続けて、受け継いでいくことでいつか結果が出るのだと思います。
この想いの積み重ねを生み出すためにも子供達が上手く社会に関わっていけるようにサポートするのが大人の役割なのではないでしょうか。
子供と大人が協力していくことでこの世界はこれからも無限により良く発展していくのだと感じました。