SNSを通じて人々は簡単にネットでつながるようになった今の世の中。
技術が進化して便利になっても。
生身の人間の方は無力感や孤独など「生きづらさ」を感じる人が増えているかもしれません。
そんな「大人の生きづらさ」の要因。
実は子ども時代の「逆境的な体験」が関わっているかもしれません。
米国で進む
「逆境的小児期体験(ACEs)」
と
「大人が抱える様々な困難」
との関連に関する研究・取組みについてみていきましょう。
1 ACEs(逆境的小児期体験)とは
ACEsは”Adverse Childhood Experiences”を略したもので、「逆境的な子ども時代の体験」を指しています。
「数々の逆境的体験」ということを示すために、英語で複数を表す「s」が末尾につけられています。
逆境体験の主なものとして、
・虐待
・ネグレクト
・家族のうつ病、依存症などの精神疾患
・両親の離婚
・家族の投獄
などが挙げられています。
虐待やネグレクトと聞くと
「自分には関係ない」と思う人もいるかもしれません。
しかし
・気まぐれな親
・過保護な親
・過干渉な親
・夫婦喧嘩が絶えない親
・放任主義の親
など
程度にもよりますが、実は「虐待」や「ネグレクト」にあたることが意外とあります。
米国でのあるACEs調査。
対象者は約70%が白人の大卒で、保険機関から手厚い健康管理を受けている人。
この米国社会の中でも比較的安定した生活を送っている人について調べてみたところ、
その内の約76%は最低1項目は該当することが分かったのです。
「逆境的な子ども時代の体験」はごく稀なことではない。
現代を生きる私達の多くが該当する可能性があるものなのです。
2 ACEsの度合いを数値化する「ACEsスコア」
CDC(米国疾病予防管理センター)のロバート・アンダ医師。
米国健康保険「カイザー・パーマネンテ」のビンセント・フェリッティ医師。
この二人の医師による「子ども時代の逆境的体験の研究(1998年)」によって、ACEsは認知されるようになりました。
「小児期の逆境経験」と「大人の健康状態」の関連について調べる。
そのために、小児期の逆境レベル(度合)をある客観的な値、数値化する必要があったのです。
そのため、3つのカテゴリーの10の質問(①~⑩)が用意されました。
そして各設問(①~⑩)はそれぞれ1ポイントとカウントされ、合計値が「ACEsスコア」とされました。
(最低0、最高10。少ないほどACEsの度合いが少ない。)
■3つのカテゴリー
【A】虐待
【B】ネグレクト
【C】家族の課題
■10の質問
【A】虐待
①精神的虐待
②身体的虐待
③性的虐待
*①②は繰り返し起こったものを対象とする
【B】ネグレクト
④身体的ネグレクト
⑤情緒的ネグレクト
【C】家族の課題
⑥家庭内に薬物乱用者がいた
(アルコールやドラッグの問題を抱える人と暮らしていた)
⑦家庭内に心の病を抱えた人がいた
(うつ病や精神疾患の患者、または自殺を試みた人と暮らしていた)
⑧母親が乱暴に扱われていた
⑨親が離婚または別居している
⑩家族の中に刑務所に送られた人がいる
*実際の質問項目を確認したい方はこちらをご覧ください。
リンク先は「アダルトチルドレン回復研究所」のサイトになります。
ACEsスコア質問一覧
https://ac-recovery-lab.com/?page_id=6985
3 ACEsの影響
様々なACEs研究の結果。
ACEsスコアがゼロの人と、4つ以上の人を比べると、以下のような差が見られました。
・喫煙者の割合 2 倍
・虚血性心臓病になった割合 2 倍
・肺気腫、慢性気管支炎の割合 4 倍
・アルコール依存症の割合 7 倍
・薬物依存の割合 10 倍
・自殺を試みた割合 12 倍
・平均寿命 20 年短い
また社会生活の面では、ACEsスコアが高い程、暴力問題の加害者、被害者になりやすく、結婚回数が多い。
(離婚回数も多い)
骨折の割合、薬の服用、鬱、自己免疫疾患のリスクが高い。
また欠勤が多く、犯罪に手をそめるリスクも高いことが分かったのです。
4 ACEsが人生に影響を及ぼすメカニズム
ACEsが人生に影響を及ぼすメカニズムについての研究も進みました。
その結果、ACEsは子どもたちの脳の発達を阻害し、脳の神経経路の形成に影響を与え、免疫システムを損なわせることが分かったのです。
そのため、学習、行動、健康に大きな負の影響を受けてしまう。
そして、物事を捉える力や思考力、行動力が健全に育ちにくく、結果的に病気や社会的な不適応になってしまうリスクが高くなってしまうのです。
ACEsに関する研究は、ACEsが疾患の危険因子の発生だけではない。
長い期間を通じて、人生の幸福と強く関係していることを明らかにしたのです。
5 ACEsが子どもに負の影響を与えるとは限らない
では「逆境的小児期体験」が多い子どもは、負の影響を受けるしかないのか?
そんなことはありません。
辛い状況と子どもの間に入ってくれる「緩衝材」の役割を果たす大人がいれば、逆境体験をしたとしても、その影響は少なくなります。
この「緩衝材」の役割を果たす大人。
子どもの不安や痛みを受け止めてくれる人。
祖父や祖母、近所や親せきの人。
学校の先生やソーシャルワーカーなどの支援者などが
その役割を担う場合があります。
ACEs研究が進んだ米国では、こういった役割を担える大人たちを増やそうと、啓発活動にも取り組んでいます。
6 ACEsの影響を減らし、回復するには
ACEsの問題に気付いた大人はどうすれば良いのか?
研究の成果として「ACEsは子どもの脳の発達の影響がある」ことが明らかになりました。
そうすると「ACEsの影響はもう変えることができない」ように思えるかもしれません。
絶望感すら感じててしまうかもしれません。
しかしそんなことはありません。
「幼少期のトラウマ体験」を癒す「トラウマケア」が進めば状態は大きく改善します。
ACEsの概念や影響などを広く世界に知らせた米国の小児科医ナディン・バーク・ハリス。
彼女が設立したセンターで行っている治療は下記のようなアプローチを行い成果を上げています。
【基本的な姿勢】
トラウマインフォームドケア
身体・心に表れた症状、問題行動などに捕らわれず
患者が過去にどんなトラウマを体験に注目する方法。
過去のトラウマ体験からどのような症状が生じているのかを知る。
そしてトラウマが患者さんの人生にどういった影響を及ぼしているのかを明らかにした上でケアを提供する。
【初期対応】
「ACEsスコア」の確認
【治療方法】
下記①~⑥を患者さんに勧め、定着させていくことによって、改善を図る。
①十分な睡眠
②適度な運動
③良質の栄養
④マインドフルネス
⑤メンタルヘルス
⑥健康的な社会との関わり
まとめ
「子どもの頃の環境・体験がその人の思考・感情・行動パターンの基礎をつくる」
そのため、人間関係、健康問題、心の安定など。
大人になって思うようにならない壁にぶち当たった時。
自分の人生の歩みを根底から見直し、いつのまにか身に付いた自分のパターンに目を向けないと、なかなか突破できないことがあります。
そしてそのキーは「トラウマケア」にあったことを、多くのクライアントさん、そして私自身の変化を通じて、幾度となく見てきました。
「逆境的小児期体験(ACEs)」に目を向けることは、「大人の生きづらさ」の解放につながるのです。
*参考文献
米国疾病予防管理センタ(CDC)
Adverse Childhood Experiences (ACEs)
https://www.cdc.gov/violenceprevention/childabuseandneglect/acestudy/index.html
「小児期トラウマと闘うツール――進化・浸透するACE対策」
ナディン・バーク・ハリス (著), 片桐恵理子 (翻訳)
出版社: パンローリング株式会社 2019