こころを静かに深く傷つける「情緒的ネグレクト」とは

「自分に自信が持てない…」
「気持ちが不安定で、いつも周りに振り回されてばかり…」
「言いたいことが、なかなか言えない…」

こういった方は意外といると思います。
そしてその方が育った家庭の環境をお聞きしているうちに、その原因が見えてくることがあります。

中でも、
「…虐待なんて無かった。ちゃんと学校も行かせてくれたし…」
と、ご本人が思っていたとしたら、「情緒的ネグレクト」を受けていた可能性があります。

「情緒的ネグレクト」は虐待と違って周りの人達から分かりにくい。
また本人も親に対する罪悪感が強く、親からネグレクトを受けていた事実を受け止めにくいこともよくあります。

本人が捉えにくく、なかなか分かりにくい「ステルスな心の傷」
その原因の一つになりうる「情緒的ネグレクト」について、今回見ていきましょう。

1 情緒的ネグレクトとは

そもそもネグレクトや虐待とは何か?
日本の厚生労働省、米国の保健福祉省などによって、様々な見方があります。

私が代表を務めているアダルトチルドレン回復研究所では、ご自身がしっかり自分の状態を捉え回復に向かいやすいよう、分かりやすくシンプルな見方を提唱しています。

ベースとなる考えは子どもに対する関与です。

子どもに対する接し方をシンプルに「関与」という視点で見ると

・「必要な関与が足りない」
(世話が足りない)」
・「適度な関与」
・「関与しすぎ」
(子どもの境界線を越えすぎる)

の大きく三つに分けることが出来ます。

そして「関与の過不足」を基準に整理すると、虐待・ネグレクトは下記のようにまとめることができます。

ネグレクトとは「子どもに介入すべきこと(世話など)を怠り過ぎてしまうこと」。
また虐待とは「子どもの境界線を越え過ぎてしまうこと」と言えます。

そして情緒面のネグレクトである「情緒ネグレクト」とは

・情緒面で必要とされる関与が過度に不足している
(世話・配慮など情緒面で、子どもへの関与を怠り過ぎてしまう」

・愛情を与えない、関心を示さない、子どもの想い・感情に向き合わない

といった状態のことを表していると言えます。

また虐待・ネグレクトにはどういったもの・種類があるのか全体像を捉えるには、下記の分類が分かりやすいでしょう。
(米国 保健福祉省 虐待調査の際の分類)

「情緒的ネグレクト」は3大ネグレクトの一つで、身体面のケア(食事、医療など)、教育面のケア(適切な教育を受けさせるなど)以外で情緒面での関与不足なのです。

2 情緒的ネグレクトの例

子どもの生育になんらかの問題があった家庭。

ネグレクト・虐待の観点からすると、下記の六つの要素のいづれか、もしくは複数があったということになります。


情緒的ネグレクトは他の虐待やネグレクトと同時に起こることことも多い。

中でも「情緒的ネグレクト」が強いケースとしては下記のようなことがあります。

■子どもへの情緒的な接し方が分からない親に育てられた

子どもに食事を与えたり、学校に行かせることは出来ても、子どもへ愛情の与え方がなかなか分からない親がいます。
ほとんどの場合、親本人が愛情を十分に受けることなく育ったため、自分が親になった時に戸惑ってしまうのです。

■兄弟の中であまり注目されず、いつも後回しにされてきた

長男か次男か、長女か次女か。
また男の子を期待されてけど女の子が生まれた、また逆に女の子を期待されたけど男の子が生まれたといった場会、親からあまりかまってもらえなかったという体験を積み重ねてしまうことがあります。

■望まれない妊娠・出生であったため、親に関心をあまり向けられないまま育てられた

世間体があって親は一通り子どもの世話はするが、あまり子どもに関心がないケース

■親に心理的・経済的な余裕がなく、最低限の世話はしても情緒的な世話までなかなかしてもらえなかった

親に余裕がなく、子育てで最低限のことは出来ても、情緒的な面ではほったらかしだったケースも意外とあります。

3 情緒的ネグレクトの影響

情緒的ネグレクトを受けた子どもは大人になってどんな影響が出るのでしょうか。
ケースによりますが、ある程度共通する傾向があります。

■自分に自信がない

小さな子どもにとって親は心のより所です。
親との繋がりを感じることができなかった子どもは、大人になっても自分に自信が持てなくなってしまいます。

■精神的に不安定

心のより所が無かった子どもは、感情が安定しません。
自分の悲しみや怒り、喜びといった感情をちゃんと受け止めてもらった体験も少ないため、自分自身の感情に翻弄されやすくなってしまいます。

■自己主張が苦手

自分を認めてもらった体験が少ないため、自己主張をすることにためらいがち。
また自己主張を諦めてしまっていることもあり、そもそも主張する意欲に乏しいことも多い。

■他人の影響を受けやすい

自分に自信がなく、自己主張もあまりしないため、他人の影響を受けやすい。
人から軽く見られたり、不利な役を押し付けられてしまうことも多い。

■自罰的傾向(自分が悪いと思いがち)

小さな子どもは、たとえ親から虐待を受けたとしても「自分が悪い子だったからこんな目にあったのだ」と考えてしまいます。
子どもにとって親は絶対的な存在。親のことを悪いとは思えず、自分の方が悪かったと思いがち。
この傾向は大人になっても続き、身の回りで何か問題が起これば「自分が悪かったからだ」と考えてしまいがちです。

4 なぜ情緒的ネグレクトは深刻になりやすいか

虐待については、幼い子どもの死亡事件などショッキングな出来事がマスコミをにぎわすことがあります。
そのため世間での関心も高く、虐待を受けた当事者も幼少期の体験の重大さ・悲惨さを認識しやすい。

一方で「情緒的ネグレクトが主」だった場合は、虐待を受けたわけでもなく、食事や教育などの世話もされているため、端からみると問題があったことが分からない。
そのため本人が自覚しにくく、かえってその影響が深刻化していることが多いように思います。

理由としては下記が考えられます。

■幼少期の辛い体験を言葉にしにくい

虐待があったのであれば「親から〇〇をされた」といった明確なシーンがあります。
また「食事を十分に与えてもらえなかった」「学校に行かせてもらえなかった」などの出来事があれば、子どもの頃にどんなことがあったのか言葉にしやすい。

しかし「親から十分な関心を向けてもらえなかった」といったことは、日常的な小さな積み重ねであることも多く、分かりやすい出来事がないとどんなことがあったのか言葉にしにくい。

そのため、捉えどころのない漠然とした不安感などに結びついてしまうことが多い。

■幼少期の辛さを他人に共感してもらいにくい

子どもの時の大変な出来事。
例えば「親の自殺」「災害や事故で家族を亡くした」といったものであれば、他の人もどういう出来事があったかイメージしやすく、共感してもらうことも難しくない。

しかし「親から十分な関心を向けてもらえなかった」といったことは、分かりやすくインパクトのある場面が少ない。
そのため、他人からその辛さを理解してもらったり、共感してもらうことが簡単ではないことがあります。

■幼少期の体験を大変だと思えず、自分が劣っているせいだと考えがち

結果的に「情緒的ネグレクト」を受けた体験が大変だったと思えず、たいしたことはないと自分に言い聞かせがちです。
そして自分に自信がなかったり、精神的に不安定なのは「自分が劣っているからだ」と考えてしまいがちになるのです。

今の自分が抱えている心理的な課題について、原因を探ることができず、結果的に深刻化していることも多い。

5 情緒的ネグレクトの癒し方

心の傷の大きさは、辛い出来事のインパクトや悲惨さによるとは限りません。
小さな出来事の積み重ねでも、大きく傷ついていることがあるのです。

「主に情緒的ネグレクト」を受けていた場合、その癒し方としては下記のようなステップがあります。

【1】親から「情緒的ネグレクト」を受けていた事実を受け止める

【2】親に対する怒りや憎しみの想い・感情に許可を出す

【3】親に対する怒りや悲しみの感情を解放していく

【4】過去のつらい出来事を思い出しても、痛みを感じなくなってくる

【5】過去の出来事は出来事として、捉えられるようになり、思い出しても影響を受けにくくなってくる

【6】過去の出来事が特段に気にならなくなってくる

【7】過去の出来事に新しい意味づけ(体験・経験・感謝など)が出来るようになってくる

 

まとめ

最近子どもの虐待が注目されるようになりました。

そのお陰で以前よりも、大人になった当人が「実は子どもの頃、自分は親から虐待を受けていた…」と語りやすい時代になったのではないかと思います。

一方で「主に情緒的ネグレクト」を受けていた人は、周りからも当人も分かりにくいため、表面化することが少ない。
そのため、かえって当人が密かに苦しんでいることが多い。

そんな方々が自身の心の傷の大きさに気づき、自分の過去を認め癒していく。

そのプロセスは一時的に苦しく感じるかもしれません。
しかしその歩みの先は「過去の出来事からの解放」「新しい人生を歩みだすこと」につながっているのです。

【参考文献】
Fourth National Incidence Study of Child Abuse and Neglect (NIS-4)
http://cap.law.harvard.edu/wp-content/uploads/2015/07/sedlaknis.pdf

 

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この記事を書いた人

アダルトチルドレン回復研究所 代表

高校1年の時、親子関係に悩みすぎて病気になり、胃の3分の2を摘出。その後小さな胃で生きる。
会社勤め(通信会社の営業、CSRコンサル)、病院勤務(心療内科の心理カウンセラー)を経て研究所を設立。
アダルトチルドレンからの回復に関する研究・啓発。カウンセリング、トラウマ解消ヒーリングの提供などを行なう。


HP:https://ac-recovery-lab.com

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