はじめに《バリバリサラリーマンだった夫の「働き方改革」》
夫はいわゆるバリバリのサラリーマンでした。
ちょっと昔に「24時間働けますか?」というキャッチコピーのエネルギードリンクが流行りましたが、結婚した当初は午前4時に帰宅して仮眠を取り、午前8時過ぎには出勤するという生活を本当にしていました。
それでも、夫は仕事が好きなこともあり、当時は若かったのでほぼ24時間働いても元気でした。
しかし、あれから20年以上が経ちエジプトに転勤になったことで夫に変化の時が訪れました。
休みなく働いても次の日には回復していたのに、そうはいかなくなってきたのです。
単に年を取ったからと年齢のせいにしてしまうととても悲惨です。
なぜなら、これからは老いて衰えていく一方なので全く希望が持てなくなってしまうからです。
しかし、もし別の視点から「働き方」を変えることができたら若い時よりももっと楽に、しかも幸せに生産性を上げることができるのではないでしょうか?
夫はいわゆる「左脳人間」でした。
左脳人間は頑張ることで成果を出していくことができます。
しかし、頑張ることには限界があります。
そのことに気づいた夫はまず頑張ることを止めると決めました。
そして自分の心の声を聴き、感じることを大切にすることにしました。
つまり右脳人間に転身することを決めたのです。
今回のコラムでは、夫がバリバリの左脳人間からゆったりのんびりの右脳人間に変身したプロセスと共に、中間管理職である夫の「働き方改革」が職場にどのような影響を与えたかをお伝えします。
1.左脳人間だった夫の目の前に立ちはだかった大きな壁
夫は2015年にエジプトに転勤になりました。
中東の専門家でもある夫は以前にもエジプトで勤務したことがありましたし、出張でも何度も訪れていたので慣れ親しんだ国でした。
しかし、今回エジプトで暮らし始めてしばらくすると頻繁に頭痛になるようになりました。
もともと頭痛持ちでしたが、エジプトに行ってから酷い時は2週間に1回は頭痛で寝込むようになってしまったのです。
頭痛になると仕事はもちろんのこと、人に会うことも、食事も、大好きなお酒を飲むこともできなくなってしまいます。
頭痛が治るのに一日か、長引くと2日かかることもありました。
平日に頭痛になると仕事を休まなければならない時もありました。
仕事が大好きな夫ですから何もできない時間はただ無駄な時間にしか感じませんでした。
本人も頭痛の原因は分かっていました。
主な原因は、詰込み過ぎ、集中し過ぎ、左脳の使い過ぎ、極度の緊張です。
一日何個も仕事を入れたり、難しい仕事をいくつも抱えて挑戦したり、常に考えたり、何ページもある資料を読み続けたりしていました。
平日だけでなく、週末にも遊びや趣味を詰め込んでいました。
夫はテニスが好きなので、どんなに体が疲れていても毎週テニスの練習に行っていました。
夫にとって休むというのは仕事以外のことをして気分転換をすることで、何もしないでリラックスして心身を休めるということを一切したことがなかったのです。
若い頃、つまりエジプトに行く前はこれでたくさんの仕事をこなせていたので良いと思っていました。
動き続けることでやっている感も得ることができました。
自然にエネルギーが湧いてくるような気がしていました。
しかし、本当は無理やりエネルギーを作り出していたのです。
エジプトに行って状況は一変しました。
エネルギーを作るのが追い付かなくなったのです。
エジプトは生活するだけでストレスのかかる国です。
それに加えて大変な仕事も多く、エネルギーを作ってもすぐに枯渇するようになり、頻繁に頭痛になるようになりました。
1年くらいはそんな生活が続きました。
瞑想がいいと聞いて瞑想を習慣にしようとしましたが、最初はどうしても仕事を優先にしてしまって毎日瞑想をする時間が取れませんでした。
そのためしばらく頭痛は続きました。
2.最悪だった部下からの評価~右脳人間になる決断
頭痛はどんどん酷くなって2週間に1回は寝込むようになってしまいました。
それに追い打ちをかけるように、部下からの評価が悪いことが人事課から知らされました。
「全体的にコミュニケーションが悪く仕事の合理化がなされていない」
「部下の育成に意欲がない」
「ワークライフバランスに配慮していない」
など、とても低い評価だったのです。
この評価の低さには夫はかなりショックを受けていました。
部下がアップアップしている状態に目を配っていなかった、、、
自分が働き過ぎで同じことを部下にも求めていた、、、
自分が動くほど部下は動けなくなっていた、、、
厳しすぎた、、、
夫はとても悩みました。
そしてまずは瞑想の時間をきちんと取るようにしました。
朝、出勤する前に30分。
そして帰宅して寝る前に30分の瞑想を習慣にしたのです。
それから職場のマネジメントを真剣に考えました。
そして、週2回の朝の会議の時に雑談から入ることにしました。
まずは夫からエジプトでの生活の大変さや失敗談を面白可笑しく話しました。
すると部下達も共感して自分達の話もするようになってきたのです。
その他にも、仕事や私生活に困っている部下には積極的に話を聴くようにしました。
仕事のやり方や優先順位のつけ方を変えて皆が働きやすいようにしました。
私生活では、食生活や適度な運動、夜は早く寝ることをアドバイスしました。
いっぱいいっぱいになっている部下に対しては他の人に仕事を割り振ったりしました。
それでも部下にもプライドがあり疲れていても自分でやると言い張る人もいました。
そういう場合は本人とも何回も話をして、周りの人とも何回も話をして、最後は皆で話して認識を一致させて回っていない仕事をスムーズに回るように調整しました。
頑張る必要はないというのを何回も言いました。
上司は「頑張れ!」と言ってしまいがちですが、本来は頑張らなくていいと言って不要な仕事を減らして部下の負担を軽くすることの方が重要です。
部下も上司からそう言われると気が楽になって仕事への執着心も解けていきます。
仕事をやらないことに決めることは、仕事をやることを決めるよりも大変です。
上司が決めないと部下は決められません。
これが仕事の合理化につながっていきました。
夫は基本的に部下の話をよく聴くようになりました。
ただ聴くだけで強く反論することはしなくなったそうです。
「大変だね」と言って聴くことに徹することで安心感を与えました。
上司は相談されると解決策を提案しなければいけないと思って色々言ってしますが、実はそんな明快な解決策はありません。
そういう場合は変に指示するよりも単に聴くだけでいいのだと思います。
自分は大変ということを上司に分かってもらえたというだけで安心感を与えられるのです。
上司に分かってもらえているかどうかは非常に重要です。
分かってもらえていないと感じると部下は緊張した状態になってしまいます。
分かってもらえていると感じた瞬間に、たとえ仕事の大変さは変わらなくても、緊張感が解けて自信が沸いてきます。
「大丈夫?」と聞くだけで気にかけてくれていることが分かって働きやすくなります。
「しっかりやれ」と言うと部下はかえってやる気をなくしてしまいます。
「何をやっているんだ!」と怒ると、それだけで部下はシュンとしょげてしまうのです。
3.右脳的職場マネジメントの結果
こうして夫は左脳的な働き方を止めて、瞑想などで自分の心と体の声を聴いて状態を安定させ、部下と積極的にコミュニケーションを取って安心できる職場作りをしていきました。
右脳的職場マネジメントを実践していったのです。
そんなある日、日本からエジプトに100人以上の出張者がくる大きな仕事が入ってきました。
初めての大きな仕事という部下も多かったので職場には明らかに緊張感が漂っていました。
そこで夫は個別に一人一人と雑談をして部下の状態を把握することにしました。
すると人それぞれ抱えている問題や状態が異なることが分かりました。
ベテランでも疲労で体調を崩して病院にかかっている人もいましたし、中堅でも不安感から他人に仕事を押し付けようとしている人もいました。
他方で、若手でも楽しんでやる気に満ちている人もいました。
そこで、部下の心身の状態に合わせて仕事の割り振りを変えたり、仕事量を調整しました。
すると職場の雰囲気に安心感と安定感が戻ってきました。
「これでこの大きな仕事も果たせるぞ!」と思った矢先に、結局、その仕事は中止になってしまったのですが、しかし、結果的に仕事の大小に関わらず自分の状態を整えて部下の話をよく聴くことが重要だと再確認できたとても良い機会になりました。
夫自身も仕事を減らしていきました。
その分、早く帰宅して瞑想をしたり、リラックスする時間を取って体調を整えることを最優先にしたのです。
他にも、水をたくさん飲み、ストレッチをして日々の体のメンテナンスを行っています。
今までは週末にも予定を詰め込んでいましたが、それを止めて部屋でボーっとしたり、本を読んで静かに過ごす時間を持つようにしました。
子供達と料理を作るようにもなりました。
料理のレパートリーが増える度にSNSの家族のグループページに夫の料理の写真がアップされていくので、それが私の密かな楽しみになっています(笑)
また、職場では部下になるべくのんびりしている姿を見せるようにしています。
部屋のドアをいつもオープンにしてソファでのんびりしている姿を見せるようにして部下が部屋に入りやすい雰囲気を作りました。
そうしたら、部下の方から色々と話しに来てくれるようになりました。
そうして夫に一通り聴いてもらうと安心して帰っていくようになりました。
こうして夫はほとんど頭痛にならなくなりました。
疲れも溜めなくなったので反応的な言動も減り、常に穏やかな安定した状態を保てるようになってきました。
おわりに《左脳と右脳の違いは「聴く」こと》
右脳的マネジメントのもう一つの結果として、1年前には低かった部下からの評価が上がりました。
「部下が困っている時に積極的にコミュニケーションを取っている姿は学ばせてもらっています。今後ともご指導ご鞭撻をお願いします。」
「温厚な人柄で部下の意見によく耳を傾けており部下との意思疎通が適切に行われるよう意を用いている様子がうかがえ感謝している。」
「積極的に意思疎通を心掛け職場の良き相談役になっている。」
「感情面が安定している」
感情が激しくてせっかちだった以前の夫とは別人のような評価でした。
夫自身もこう言われたのは初めてだったので「結果は出るものなんだなぁ」としみじみと言っていました。
夫がしたことはとてもシンプルです。
「聴く」ことに徹したのです。
自分の心と体の声を聴き、部下の悩みや相談を聴きました。
そして聴いたことに対して真摯に向き合った結果、職場にも自分自身にも良い循環を生み出すことができたのだと思います。
左脳で頑張っている時には人の話はおろか、自分自身の声も聴くことはできません。
なぜなら頑張っている時には全身が緊張しているので思考で考えること以外のことはできなくなってしまうからです。
そして、疲労困憊するまでそのことに気づかないのです。
しかし、右脳で感じていることに意識を集中すると今まで聞こえなかった声が聞こえてくるようになります。
これらの声は想像よりもずっと多くの情報を持ってきてくれます。
頑張らなくても本当にすべきことを知らせてくれるのです。
もし今、疲れているなと感じていたら、まずは自分の心の声を聴くことから初めてみてはいかがでしょうか?
その声を聴くことで新しい自分を発見できるかもしれません。