わけもなく涙が出る ー それは心のSOSサインです。
情緒が不安定になったり、心が疲れていたり、ストレスがかかりすぎているのかも、近頃はプチうつと言い方もありますね。
いずれにしても、一つ共通していることがあります。
それはあなたが、いい人でいすぎる、または、がんばりすぎている、ことを示しているということです。
よくがんばりましたね。
なぜそうなのかはおいおい説明するとして、まずは一生懸命やってきたあなたをねぎらいたいと思います。
1.「わけもなく」に隠されたワケ
それではさっそく、「わけもなく涙が出る」現象について考えていきます。
実は、「わけもなく」という言葉自体にヒントが隠されています。
本当は、わけは「ある」のです。
人の思いや感情、言葉や行動には、必ず原因となる思いや考えがあります。
それがわからない時、人は「わけもなく」という言葉を使います。
もちろん本人にとってみれば本当にわからないのですが、なぜ原因がわからないのでしょうか。
それは本人の目から隠されているわけです。
誰が隠したのかといえば、自分自身なんですね。
つまり、自分の思いを自分で「抑圧」しているのです。
2.心の抑圧はなぜ起きるのか
では、なぜ抑圧してしまうのでしょうか。
自分で抑圧するからには、当然自分にとってのメリットがあります。
それは、一種の防衛反応です。
感じてしまうと心が痛すぎるので、フタをしてないことにすることで身を守っているのです。
あまりに過酷な体験をした人は、その大きな出来事を記憶からすっかり消してしまうことがあります。
抑圧もこれと同じ理由によるものです。
特に、子供の頃は、親の言うことを聞くよい子であるためには、自分が感じていることを抑圧するケースがよくあります。
自分の言うことを聞く子しか愛さないという態度は、ずばり親が未熟なだけなのですが、子供にとっては死活問題であり、そうせざるをえないのです。
ということで、いずれにしても抑圧自体には、自分の身を守るという歴とした意味があるのですが、問題はそれがクセになりやすいことです。
つまり、自分の気持ちや感情を抑圧して感じないのが当たり前になるということです。
子供の頃にクセ付けをされた人は、ほとんどの場合、大人になってもそのように振る舞います。
ところが、抑圧には大きな弊害があるのです。
3.心を抑圧するとどうなるか
抑圧による弊害、それはその人が自分自身の人生を生きられないということです。
親に愛されるために自分の気持ちにフタをした子供のように、他人が期待する自分でいようとするのがクセになります。
また、こうあるべき、こうでなければならないといった社会常識や考え方に、盲目的にしたがってしまうということも起こりがちです。
そうすると、どうなるでしょう。2つのケースが考えられます。
まず、抑圧がうまくいけばいくほど、表面的に波風は立たないでしょうが、本当の自分からどんどん離れてしまう結果になります。
一方、うまくいかなかった場合、周りの期待に反することになってしまいます。
このような場合、自分の感じていることにフタをするのに慣れた人は、次のように感じます。
「期待に答えられない自分はダメなやつ」
このように、自己否定に陥ってしまうのです。
協調性を大事にし、同調の圧力が強い日本では特に起こりがちだと言えます。
このように、抑圧はうまくいってもいかなくても、どちらにしても不幸という結果に終わります。
自分の人生を生きられないということは、自分というこの世に唯一無二の存在を殺すことです。
「感じることを抑えるとは自分を殺すこと」
このことをよく頭に入れておいてください。
そして、自分を大切にする気持ちを取り戻していきましょう。
4.現実は変えられる
そうはいっても、いったん自分が感じていることを抑圧するのがクセになると、現実を変えるのがむずかしい面があるのもたしかです。
今まで自分を殺して、周りの期待に応えようとしていた人が、急に自分はこうだ、こうしたいと主張し出したらどうなるでしょう。
周りは反抗されたように受け取るかもしれません。
あるいは、そんな人だとは思わなかったとまるで裏切り者のように扱われるかもしれません。
それでなくても「出る杭は打たれる」という言葉があるほど、日本は自分を主張に対して冷ややかに見る傾向のある社会なのです。
そんななかで、自分の感じていることを抑圧しないようにしていくのはたいへんです。
急に変えようとすれば風当たりは強く、まだ自分をしっかりと確立していないあなたは心折れてしまうかもしれません。
ですから、大きなことはしなくていいのです。
「できること」から始めればいいのです。
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あるカウンセラーの方から聞いた、実際にあった話です。
何年も引きこもっていた青年に対して、「小さなことでいいので何か一つ、できることをやってください」とカウンセラーは言いました。
青年は「できることなんか、何もありません」と答えました。
「いやいや、できないことを言っていません。できることを探してください」とカウンセラー。
「本当に何もできないんです」と青年。
何度かの押し問答の末、青年が言ったできることは、「トイレから出る時、スリッパを揃える」ことでした。
そこから始めて、毎週毎週、できることを積み重ねていった結果、数ヶ月という短い期間で青年は外で働けるようになったそうです。
だから、最初からできないことをやろうとせず、「できること」をだんだん大きくしていけばいいんです。
5.あなたの本当の価値
上の事例について、なぜこんなことが可能になるのか、私なりに考えてみました。
(1)意識のフォーカスを変える
一つは、カウンセラーの助力により、青年が意識のフォーカスポイント(焦点)を変えたことです。
人間の脳の機能として、欠けているものを補おうとする働きがあります。
だから、できないことに意識が向きがちなのです。
「あれもできない、これもできない」って。
それが、上の取り組みを通じて、とにかく「できる」ことにフォーカスする練習をしたのです。
人間の脳はまた、検索ワードを入れると一致する結果を探し出すGoogleなど検索エンジンと同じ機能を持っています。
そうすると、「あれもできる、これもできる」とできることがたくさん見つかるようになります。
(2)思いを現実化する能力
それだけではありません。
これを続けていった結果、青年はできることを見つけるだけに止まらず、まだできてないことまで「できる」かもと思い、できるようになっていきました。
それは私たちが本当に(潜在意識も含めて)思ったことは現実化する力を持っているからです。
なぜそんなことが可能なのか、私は、人間は神の分御霊(わけみたま)、つまり、神の子として、神様と同じ力を持っているからだと思っています。
信じなくてもいいですが、日本人は昔から人間を取り巻く自然や背後にある目に見えない神のような存在に生かされていると感じて生きてきました。
生かされているということはすなわち、わたしたちは神様が認めた価値ある存在であるということではないでしょうか。
ですから、前項のような例は青年が特別だからではなく、誰しもにその力があるのだとあなたに伝えたいのです。
6.処方箋
最初の一歩として、自分の感じていることを認めるための取り組みを一つご紹介します。
まずやるべきは、自分のなかで感じていることを認めることです。
いきなり外に向けて言葉や行動で表わそうとしないでください。
そのための取り組みとして、ノートを一冊用意します。
そして、自分の思いをノートに書いてみる。それだけです。
きっかけとしては、「今、どう感じているの?」といった問いかけが有効です。
そして、出てきた言葉について、「なんでそう思うの?」とさらに問いかけるとよいでしょう。
注意点としては、出てきた言葉を評価判断せず、どんな言葉であっても、「そう思っているんだね」とただ受け止めましょう。
問いかけて答えることを繰り返すことで、だんだん自分の心の深くに沈んだ思いが出てきます。
自分自身との対話するうちに、こうしてみたらどうかなというアドバイスが浮かぶこともあるでしょう。
できそうだと思ったらやってみればいいし、無理だと思ったらそれもノートに書きましょう。
あるいは何のアドバイスも浮かばなくても大丈夫です。
あなたが感じることは無条件で価値があります。
その思いをこうして書き出せたこと、それだけでまずは大成功なのですから。
7.まとめ
あなたが流した涙、それはとても清らかで尊いものです。
なぜなら、そうまでしてあなたが自分を抑え、他人のために尽くしてきた証拠なのですから。
次は、その愛をあなた自身に向けてほしいと思います。
最初は小さな一歩、そして、次の一歩を積み重ねましょう。
あなたは愛に値する存在です。
あなたの幸せを祈ります。
以上
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