はじめに
“約束”というのは、大きいものから小さいものまで色々とあります。法律・慣習・判決などの人間の行為によって出された自然法や、原理原則といわれるような基本的な規則から生まれた約束事等々、数限りなく存在しています。
日常においては、他の人と交わした約束も大切な約束事に違いはありません。また、自分自身が知ると知らずと関わらず存在している法則の他に、自分自身の心に誓って決心を固めた内容も、自分自身と交わした約束として、重要な約束事となることでしょう。
一口に“約束”という言葉を使っても、世の中には様々な約束事にあふれています。ものによっては、知らない法則や法律なども存在していることでしょう。こうしたことに時間と労力をかけて学んでいくことはとても尊いことです。しかし、既に知っている約束事は守ることができているでしょうか。
「知らない事柄を知る」ことは、非常に魅力的な一面をもっていますが、まずは、目の前の約束事から守っていくことに注目してみてはいかがでしょうか。
1、「自分との約束」が守れないのはなぜ?
人によっては、あまり自分自身を大事にすることなく軽視してしまって、後回しにしてしまうことがないでしょうか。多くの人が“目標設定”をしても達成できず、成功の道筋から外れてしまう原因は、自分自身を軽くみていることにありそうです。
私たちは、家族や会社、地域などに属して多くの友人と繋がり、日々色々な約束事を交わして生きています。そして、ほかの人と交わした約束を破ることに対して、多くの方が嫌悪感や後ろめたさなどを感じることでしょう。
ただ、約束を結んだ相手が自分自身であった時、人生の中でどれだけ約束を破ってきただろうかと考えると…数えることが出来ないほどではないでしょうか。「今年は◯◯をする」といった新年の抱負や、「3ヶ月以内に目標達成!」と掲げた目標でさえ、開き直ったり、諦めたりと色々な形で破ってしまった経験はないでしょうか。
目標を立てた時は“決意”をもって打ち立てたものですが、なぜ自分自身との約束を破ることにあまり抵抗を感じないのでしょうか。それは、“約束を破ったところで、被害を被る対象が自分自身だけ”と感じているからでしょう。
さらに、約束を破ったところで罰則があるわけでもないという想いから、自分自身との約束事は破りやすいのかもしれません。しかし、気をつけておかなくてはならないことに、自分自身との約束を破り続けていると、約束の破りグセが身につき、長期的に考えれば、他の人との約束事に対して悪影響があるのです。
2、約束を守ることの重要性
周囲の人との約束事は、信頼関係が崩壊してしまう可能性があるので、必ず守るように意識している人は多くいることでしょう。しかし、自分自身との約束を破り続けることで身についてしまった“破りグセ”によって、周囲の人との約束を破ることに対して何も感じなくなってしまっては大問題です。
このように考えると「自分との約束や他の人との約束を守ること」は、子供の頃から少しずつ、学びやすいやり方で経験できるように身につけていくことが大切になります。約束を守ることがなぜ大切なのか。今一度考える機会にしてみてはいかがでしょう。
2-1、約束を守ることは、周囲の人を大切にする
約束が守られることは、人が信頼して安心して過ごすために欠かすことができない条件の一つといえるでしょう。逆に、どちらかが約束を守れない関係では、もう片方の人が安心して過ごすことが出来なくなるためです。
例えば、妻にとって大切な予定がある日に、夫に子供の世話を任せる約束をしたとします。しかし、夫が当日になって「子供の面倒を見るのはキャンセルする」と言い出したら、妻はどうするでしょうか。
おそらく妻は、自分の予定をキャンセルして子供の面倒をみて、キャンセルしたことによって生じる問題の対応に追われ、心身ともに疲弊することになるでしょう。さらに、このような状況を招いた夫に対して不平不満を募らせ恨みすら感じることになるかもしれませんし、そうなれば、夫婦関係に亀裂を生じさせることにもなりかねません。
そして仮に、“約束を守ってもらえず、対応に追われるような出来事”が繰り返し起こるようになれば、夫婦仲が悪くなるばかりか、妻が体調を崩すなどといった現象まで引き起こす可能性まであるのです。
共に生活をしていく中で、妻は夫に何かしらお願いしたいことが出てくるかもしれませんが、基本的に信用できないと感じるようになってしまうことで「夫には頼まない」という選択をするようになるかもしれません。せっかく家族になったにも関わらず、こうした状態になってしまっては、とても残念なことのように思います。
今回は夫婦関係を例として取り上げました。しかし、こうした関係が、親子、友人知人、同僚、上司部下等々のあらゆる関係の中で、同様の問題となって信頼関係にヒビが入ることは軽視することが出来ないでしょう。
また、仮に本人に悪意がなかったとしても、約束をあまりにも破り続けていると、モラル・ハラスメントとみなされる恐れがあるので気をつけなければなりません。
2-2、約束を守れることは、自立の基本
約束(契約)をして、その約束を実行することは仕事の基本といえます。
「誰が、何を、いつまでに、どこで、どうやって、誰に対して」といったことを定めて、ひとつひとつを最後まで完了し、定められた内容を達成するまでの流れの繰り返しが仕事の正体ではないでしょうか。であれば、仕事を果たすことは約束を果たすことであるといえます。
もし、約束は果たされず、破ってしまうようなことがあればどうでしょうか。約束を守ってもらえなかった方は「仕事を反故にされた」と考え、もしかすると次の仕事を依頼したり、契約したりすることは、控えようとするかもしれません。
だからこそ、仕事とは基本的にひとりひとりが責任を持ってやり遂げることを欠かすことができず、その責任を果たすことを前提に、組織や社会の中で分担されています。この分担された仕事のひとつでも抜けてしまえば、依頼された仕事は完成しません。
仕事が完成しないということは、組織としてその仕事を最終的に受け渡すことになっている相手(お客)との約束を果たせなくなってしまうことになります。そして結果的に、組織全体としても信頼を失うことになるでしょう。
さらに、その相手にも自分の相手(お客)に対する約束をしているはずですから、その約束が果たせなくなります。このように、約束というのは、AさんからBさんに対して交わされ、さらにBさんからCさんに交わされ、……ということが繰り返されているのです。
約束をしている本人同士から見たら、約束は本人同士(当事者)だけのものに見えるかもしれませんが、そんなことはないのです。約束は社会の中で複雑に絡み合って、互いに影響を及ぼしていることを認識しておく必要があります。
たった一つの約束が守られなかっただけで、実際には、信用を失ったり迷惑をかけたりしないようにと、誰かが守れなかった約束を他の誰かが肩代わりとして奔走することになります。肩代わりしている人にも別の仕事があるはずです。このような対応を繰り返していたら、奔走している人だっていつかは倒れてしまいます。精神的に追い込まれて心身が疲れ切ってしまうこともあるのです。
3、「約束」との付き合い方は、難しい…
約束を守れることは人間関係を保っていくために欠かすことのできないものであり、仕事をしていく上で信頼関係を積み上げていくために必要なものです。こうしたことから、約束はとても重要なことであると捉えることができると共に、「適切に」付き合っていくことが重要になってきます。
約束を守る上で大切になるのは、「適切に」というポイントです。というのも約束事の中には、不公平に結ばれた“約束”もありますので、そういったものであれば、必ずしも守らなくてはならないとは限りません。
むしろ、無理に守ろうとすることで不自然さを招き、自分の首を絞めることになります。そもそも、そのような約束を結ぶことが将来的に不利益をもたらすことになるので「適切に」がポイントとなるのです。
また、約束を交わすもの同士で「これは絶対守ってほしい」「この仕事は任せない」「少しならば守れなくても仕方がない」というように“約束を守るための約束”というものがあります。かなり綿密な約束を交わした上で、本題の約束(契約)を結ぶというように、非常に難しい約束も存在していることから「約束を適切に結ぶ」というのは大切なことになります。そして一度その約束を結んだとなれば、お互いに誠実に約束を果たしていく必要があります。
実行しようと決めたことは、行動するのが当然です。別の言い方をすれば、いい加減なことや実行できそうもないことを、安易に決めてはならないということになるでしょう。
約束を守るということは、非常に難しいように捉えてしまったかもしれませんが、約束は人生を窮屈にするものではありません。人体の決まりごとにもあるように、モノを飲み込む運動が行われる時、モノが楽に食道をくだっていくように、決め事にしたがって行動し、生活をする方が実際には楽に伸び伸びと生活ができるものです。
日常生活における“約束”も同じことです。自然な形でひとつひとつ対応を進めていくことで周囲との人間・信頼関係が作られていきます。まずは、家庭内における“時間を守る”ことからはじめて、生きがいのある日常を構築していくことからはじめてみてはいかがでしょう。
最後に
社会生活を送る私たちは、社会規制の中で“自由”にいきていると捉えることができます。社会規制があるから、自由ではないと発言する人もいるかもしれませんが、この規制は、人と人とが豊かに生活をしていくために作られたもので、私たちの生活になくてはならないものとの捉え方ができるでしょう。
こうした規約(約束事)は社会の中にあって、人と人とが決めた約束事になります。もし、この約束事から自分勝手なわがままで、都合のいい自由を求めたらどうなるでしょうか…。少し考えただけでも、恐ろしくなるほどの無秩序な世界になってしまわないでしょうか。だからこそ、私たちは“約束”について真剣に考えなくてはならないのです。
人間・信頼関係をスムーズに運び、自分も相手も幸福になるための約束は、一人で生活するのであれば必要ないのかもしれません。しかし、二人以上の人間が共同生活を送る上では、必ず約束事が生まれてくるものです。
そうした約束事を破ると、破った本人は“破った責任”を負わされます。そしてその現れ方は、肉体的苦痛もあるでしょうが、何より精神的苦痛も大きなウェイトを占めることになるでしょう。さらに、約束を交わした相手の幸福までも奪う結果を招き寄せてしまいます。
私たちは、どんなに人から馬鹿者扱いをされようとも、決まった事はどこまでも守り通すだけの決心を持って毎日を豊かに暮らしていきたいものです。