子育て間違えた、と思って後悔したことはありませんか。
私は一人息子の子育て中で、子育て間違えた、と思うことは今まで何度もありました。
しかし目の前の子どもを見て、「あ、間違えてしまった」と後悔して、自分を責めて、なんとか正しい方向に子育てしようとしても、なかなかうまくいくことは少ないように思います。
「子育て間違えた」と感じて後悔した時、一体どうすればいいのでしょうか。
回答になるかはわかりませんが、「子育て間違えた」と何度も感じつつも、今は中学生の息子といい関係性の中で笑い合って暮らしている、そんな私の経験をシェアしたいと思います。
私の「子育て間違えた」体験談
みなさんはどんな時に、「子育て間違えた」って思いました?
私の一番最初の「子育て間違えた」体験は、息子の生後数週間くらいたったころです。
私は妊娠中から、『子どもが産まれたらこうやって育てるんだ!』というような理想をいくつも描きがちな人だったんですが、その理想のひとつが、【頭の形をよく育てる】でした。
頭の形が歪んでると、その歪みが全身に広がって、体幹のバランスが悪い子になってしまう、バランスが悪いと心にも体にも悪影響がある、という思い込みがあったのです。
でも、生まれて数日で息子に黄疸が出て入院しなきゃならず(自宅出産だったので、息子だけ新生児集中治療室に入院になったのです)、出産したばかりの体に鞭打ちながら病院に授乳しにいくバタバタした毎日を過ごして、やっと落ち着いたと思ったら・・・、息子の頭の形は見事に歪んでいたのです!
ひええええーーーー
あんなに、気をつけなきゃって思ってたのに、なんでーーーー
この子の人生、もう終わりじゃん!!!
本気でそう思いました。
そして、次に印象的な「子育て間違えた」体験は、息子が小学校に入学して、彼の書く字を見た時です。
下手なんですよね。
漢字もあまり書けないし、苦手意識が強い。
実は息子の保育園は、絵を見たり音を聞いたり体を動かしたりすることを重視する保育方針で、字を教えるのを禁止していました。
なので、息子がひらがなに興味を持っても、「まだ早いからね」と教えなかったんです。
だからなのか、息子は小学校に入ってから、ひらがなや漢字を覚えるのにとても苦労していました。
それで苦手意識がついてしまったのかもしれません。
あの時、保育園の方針よりも、息子の学ぶ意欲を大切にしてちゃんと応えてあげていれば・・・ととても後悔しました。
(ちなみに同じ保育園出身でもすんなりと字が書けるようになる子がほとんどです。)
「子育て間違えた」と後悔した私がやったこと
「子育て間違えた」と後悔したら、間違えを取り戻せるものなら取り戻したくないですか?
私はそうでした。
息子の頭の歪みをなんとか治そうと、赤ちゃんだった息子の寝姿を凝視し、頭がちょっとでも歪みのある方に傾こうものなら、ぐるぐる巻きにしたタオルを傾いた方に置いて、とにかく顔がまっすぐに上を向くようにセットし続けました。
でも、ぐるぐる巻きのタオルもいつの間にか外れてしまって、すぐ頭が傾いてしまう。
ちょっとイライラしながら、息子の寝姿を矯正していました。
漢字の苦手意識に関しては、書き取りの宿題をちゃんとやらせようと指導しました。
でも、まだ小学1年生、遊びたい盛りに、苦手な漢字の書き取りなんてやりたくないですよね。
当然、やる気がない。
やっぱり私はイライラして、息子を叱りながら、漢字の書き取りをやらせたのです。
「子育て間違えた」と後悔した私がやったことでどうなったか
私が子育てを間違えたせいで、息子の頭は歪んでしまった、漢字が苦手になってしまった、だからなんとかしなくては!
そうやって、息子の寝姿を矯正し続けたり、嫌がる息子を叱りながら書き取りの宿題をさせたりしたわけですが、さてどうなったか。
私が身をすり減らして頑張ってる割には、息子の頭の形は変わらないし、息子の漢字の苦手意識は増していく。
そして私のイライラは募る一方でした。
わかってる、息子が悪いわけじゃない、私があの時、間違えたのがいけなかったんんだ。
同時にそうやって自分を責めては、落ち込んでいました。
「子育て間違えた」と後悔した私が気づいたこと
そして私は気づいたんです。
子育ての間違えを取り返さなきゃ、と必死で頑張っている時は、余裕がなく楽しくない。
怖い顔をしていたと思います。
思い通りにならない息子に怒りすら感じていました。
だから、目の前の息子が元気で笑っていてくれてることの幸せを感じられない。
そして、息子も決して幸せそうじゃない。
特に、小学生の息子は宿題に向かいながら半泣きになってましたから。
こんなのおかしい、と思い始めました。
それもそのはず、私は目の前の息子に対して(今のままのあなたじゃダメだから変わりなさい!)という無意識のメッセージを送り続けていたんですね。
そりゃ、そんなの、お互い楽しくないです。
「子育て間違えた」と後悔した私が学んだこと
息子の頭が歪んでいることが、はたして間違っていることなんでしょうか?
息子が漢字が苦手なことが、はたして間違っていることなのでしょうか?
そんなの、わかりませんよね。
頭が歪んでいる人は世の中多いと思いますが(私もかなりの絶壁です)、その人たち全員間違っているわけでは全然ないわけです。
漢字が苦手だって、これから得意になるかもしれない。
そして将来は手で書くことよりもタイピングで打つ方が圧倒的に機会が多くなるのです。
そもそも間違ってるってなんでしょう?
だれが決めたんでしょう?
もし子育てに正しい間違っているがあるとして、その基準はなんでしょう?
子どもが幸せなこと?
だとしたら、目の前いる、今この子が幸せでいることが一番大切なんじゃないか、と感じました。
「お母さんが間違えたから、あなたはそんなふうになってしまったわ、ごめんなさい」
「治してあげるから言うことを聞きなさい!」
親がそんな思いで子どもに接するとしたら、決してその子は幸せは感じられないはず。
そう言えば、私も母に時々言われていました。
そんなにわがままになってしまって、お母さん、子育て間違えたわ。
「あー、私はお母さんにとって失敗作なんだ。」と感じてとても悲しくなったものです。
大人になっても、どこか自分がダメな人間なような感覚がつきまとっていたのは、親のこういった何気ない、親にとってはそこまで悪気はない言葉かけの積み重ねのせいもあったのかもしれません。
「子育て間違えた」と思うのやーめた
そこで、私は「子育て間違えた」と感じても、その想いから息子を変えようとするのをやめました。
しかし、まぁ、「やめる」と決めたからってそんなにすぐやめれないのが悲しき人間の性!
息子が赤ちゃんの時にそう決意したはずの私が、息子の小学生の時にもやらかしたことを、ここで白状してますから。
子育ては繰り返し、私たちに復習の機会を与えてくれるのかもしれません。
うまくできなくても、また次、トライすればいいのです。
「子育て間違えた」から頑張るのをやめると、余裕が出て、目の前の子どもをじっくりと観察することができます。
「子育て間違えた」と脳内が後悔に溢れている時は見えなかった、子どものいいところ、すてきなところがたくさん見えてきます。
ほら、頭に多少、歪みがあったって、こんなに元気でよく笑う。
漢字が苦手だって、家族を笑わせるのは大得意、いつも家族時間は笑いで溢れてる。
「間違えた」と自分を責めるのもやーめた
私は子育てだけでなく、いろんな場面で、間違えた!と感じでは、なんてダメな私、と自分を責めているような人でした。
間違えないように、子育てのマニュアルが欲しい、いや、人生のマニュアルが欲しいと思っていたものです。
でもね、それこそ、何が間違っていて、何が正しいんでしょ?
誰にもわかりませんよね。
もしかしたら、私が死ぬ間際になって、わかるのかもしれません。
ただ間違えたと思って自分を責めて、イライラしたり落ち込んだりする私は幸せな気持ちでないことは確かです。
余裕もありません。
そんな感情的に余裕がない母親と一緒に過ごしても、子どもは幸せな気分でいられないでしょう。
なので、「間違えた」と思って自分を責めるのもやめました。
もちろん、「やめる」と決めたからってそんなにすぐやめれないのが悲しき人間の性!
自分を責める癖は子ども時代からのものですから、そう簡単には治りません。
それでも、「やめる」と決めて、自分を責めていることに気づいては「やめる」をたんたんと繰り返してきました。
今では、そりゃ完全になくなったわけではありませんが、昔の自分より自分を責めることは確実に減ってきています。
自由に柔軟に楽しみながら生きよう
「間違った」と後悔して、自分を責めて頑張ることって、あんまりいい効果を生まないように思います。
ほら、「あなたはなんてダメな人間なの?!」「もっと頑張りなさいよ!」なんて言われながら作業するのって疲れるし、効率悪くありませんか?
そんな感じです。
今は西洋占星術では、風の時代に入ったと言われています。
風の時代はこれまでの価値観やルールに縛られずに、自由に柔軟に楽しみながら生きるのがよいそうです。
正しい、間違っているの価値観自体、今の時代にそぐわないものかもしれませんね。
頭が歪んでる?
個性的でいいねぇ♪
そこが際立つ髪型にしようよ!
みたいな感じ?笑
そんなふうに自由に生きれたら楽しそうじゃないですか?
まとめ
実を言うと、中学生になった今になっても息子は字を書くのも漢字を覚えるのも苦手。
この間、息子にこんな話をしました。
K(息子の名前)はさ、ゲームで強くなりたい!と思ったら毎日毎日同じこと繰り返して、楽しみながらいろんな武器を試したりして頑張るじゃない?
うん
ゲームで強くなりたいって思うように、例えばこの高校行ってこんな自分になりたい、っていう夢が出てきたら、漢字や字を書くことも、ゲームと同じように楽しく頑張れるのかもね。
おー、なるほど、それいいね。
自分や子どもを責めながら進むのではなく、二人で楽しみながら、この先の未来を信頼しながら、進んでいけたらいいなと思っています。
そんなふうに息子と関わっているからなのか、息子はとても穏やかで、毎日楽しそう。
中学校の新しい人間関係にとまどうこともあるみたいですが、彼なりにいろんなことを感じながら試しながら、自分らしく生きる方法を模索しているようです。
子育てというよりも、一緒に生きている、という表現の方がしっくりくるかもしれません。
私はこんな感じで子育てしていますが、あなたの子育てはいかがでしょう。
もしよかったら教えてくださいね。
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