恐竜の時代といわれた中生代の後には、現代まで続く新生代の時代になります。
恐竜や海生爬虫類、アンモナイトは絶滅し、哺乳類と爬虫類が反映したことで特徴づけられています。
この時代に地球環境は大きく変わることになります。
新生代の区分
新生代は、さらに古第三紀、新第三紀、新四紀の三つに分けられます。
ちなみに、現在の地質年代表には第一紀、第二紀はありませんが、18世紀、産業革命の時代には、第一紀、第二紀がありました。
18世紀は、地質学が発達し始めたころ、揺籃期(ようらんき)です。
1759年、イタリアの地質学者ジョヴァンニ・アルドゥイノが、イタリアの南アルプスの地層やそこに含まれる化石の分類から地質時代を第一紀、第二紀、第三紀という三つの時代に分類しました。
ただ、その後の研究で、第一紀と第二紀に当たる時代がとても長いということが明らかになり、始生代・原生代・古生代・中生代というように再定義しなおしたわけです。
第一紀
この時代は化石が出ない時代と考えられていました。
第一紀の岩石は、その後の研究で花崗岩(かこうがん)や安山岩(あんざんがん)などに分類されています。
花崗岩は、火成岩(マグマが冷えて固まってできた岩石)の一種です。
石材としても利用される岩石で、御影石とも呼ばれています。
安山岩は、火成岩の一種で、地球の大陸の主成分です。
いっぽう、海底や火星、金星では珍しいものになっています。
第一紀は、キリスト教的歴史観からは、ノアの大洪水以前と考えられていました。
化石が出ないというと、現在の先カンブリア時代に近いわけですが、これも先カンブリア時代の堆積岩から微化石が発見されたことで、現在の地質時代区分に第一紀という概念を当てはめることが難しくなったのです。
第二紀
第一紀が化石の出ない時代と考えられていたのに対し、第二紀は化石は出るけれども現生動物と比べて洗練されておらず不完全である時代とされていました。
キリスト教的歴史観からは、ノアの大洪水の最中だと考えられており、現在の地質時代と正確に対応させることは難しいものの古生代から中生代に相当すると推測されています。
この第二紀という言葉は、放射年代測定法などの分類方法によって、岩石や化石がどの時代のものか特定され、「古生代の岩石」といったように新たな分類がなされるようになると使われなくなっていきました。
と同時に当初の定義であった「化石は出るが現生動物と比べて洗練されておらず不完全」というものも、それらの化石の中には現生種の直系の祖先と考えられるものや現在の生きている化石の近縁とされる種が多く発見されたことにより、曖昧なものとなっていったのです。
ちなみに、生きている化石とは、太古の地質時代に生きていた祖先種の形状を色濃く残している生物のことをいいます。
第三紀
第三紀は、6600万年前~258万年前までにあたります。
第三紀という呼び方は、国際地質科学連合 International Union of Geological Science (IUGS)では非公式用語として位置づけられています。
当初この時代区分を提唱したジョヴァンニ・アルドゥイノの定義によると第三紀は、原生生物に近い生物の化石が出る時代とされています。
その後、1989年IUGSは、第三紀を古第三紀と新第三紀に分け、第四紀が追加しました。
ちなみに、6600万年前~2303万年前までが古第三紀、2303万年前~258万年前までが新第三紀にあたります。
この時代は、哺乳類と双子葉植物が栄えた時代です。
双子葉植物は、発芽したとき最初に出る葉(子葉)が二枚あり、大きな根(主根)を持ち、そこから側根が枝分かれしています。
一般に維管束が輪状に並んで形成層を作っており、葉は羽状脈、葉状脈もしくは網状脈を持ち、花は四または五数性です。
古第三紀
古第三紀は新生代最初の紀で、6600万年前~2303万年前までをいいます。
この時代は、古い方から暁新世(ぎょうしんせい)、始新世、漸新世(ぜんしんせい)に分けられています。
この時代にウマやゾウの祖先が現れ、哺乳類の発展・大型化が見られました。
この時期の地層区分や時代の決定は、主に浮遊性有孔虫や貨幣石(ヌムリテス)によってなされています。
ちなみに、浮遊性有孔虫というのは、海水中に浮遊する生活をしている有孔虫類で、貨幣石は大型有孔虫の代表的なものです。
殻は石灰質で直径数ミリ~10cmで、貨幣に似た円盤状をしており、中は無数の細かい室に規則正しく分かれています。
この時代の世界中の暖海に栄えていたため、よい示準化石とされています。
新第三紀
新第三紀は、2303万年前~258万年前までの古第三紀から第四紀へとつながる紀です。
この時代は、さらに中新世、鮮新世の二つに分けられます。
現生生物とほぼ同じような生物が出現し、繁栄した時代です。
哺乳類もこの時代に著しく進化し、分化・繁栄しました。
古第三紀よりも地殻変動が激しかった時代であり、環太平洋地域での諸山脈の隆起や火山活動が活発に行われました。
第四紀
この紀は、産業革命からかなり後になって追加された最も新しい紀で、258万年前から現代にいたるまでを指します。
大きく二つに分類され、258万年前~1.15万年前までを更新世、それ以降現在までを完新世といいます。
他の地質時代が生物相の大きな変化を境界として決められたのに対し、この紀は人類の時代ということで決められました。いうなれば、人類の進化と繁栄の時代です。
この時代は、地球の46億年もの長い歴史をみると、ほんの短い期間でしかありませんが、いろいろな意味で大きな変化をきたした時代でもあります。
とはいえ、この第四紀の時期に対する議論に終止符が打たれたのは、2009年6月に行われたIUGSでのことです。
1985年のIUGSでは、イタリアのヴリカ地域を模式地(基底がみられる典型的な地域)とし、そこのカラブリアン階の下限のe層を第四紀の始まりとし、180.6万年前と定義されていました。
これは、その層準から北方系の微化石が入ってきて種の構成が変化してくる時期と人類の出現期(アフリカのオルドバイ渓谷)がちょうど同じ時期であることから定義されました。
要するに、人類の出現と汎世界的な寒冷化の始まりを第四紀と定義したわけです。
それが、その後に次々と古い人類化石が発見され、この時代に地中海以外の地域では寒冷化の証拠がみられないことが明らかになり、この定義が揺らいできました。
そのような中、その後の急速に寒冷化が起きた時期などの証拠が集まり、2009年のIUGDで第四紀の再定義がなされました。
新しい第四紀の模式地をイタリアのシチリア島のモンテ・サンニコラ地域とし、第四紀の下限はジュラシアン階の下限、その年代は、Gauss-Matuyama Chron境界の直情の258.8万年前としました。
これは、従来よりも80万年ほど古くなることになります。
この時代は、高緯度の大陸には広大な氷床があり、地球の気候は寒冷化と温暖化が交互に起こりました。
これによって、北半球の氷床や山岳氷河が拡大したり縮小したりしたため、世界的に海面が上昇したり低下したり、植物や動物などの生物分布が移動したりを繰り返すという自然環境変化の激しい時代でした。
このような時代に人類は原人から新人に進化し、その生息の場も熱帯から寒帯まで、旧大陸から新大陸、オセアニアまでと広げていったのです。
更には、完新世になると世界各地で農業を始めるようになり、自然に適応した生活を送るよう文明と文化を発展させていったのですが、徐々に自然を改変させるような方向へとシフトし、地球環境を破壊し、生態圏に変化をもたらすようになっていきました。
まとめ
中生代の後、現代まで続いている新生代についてまとめてみました。
この時代の中、地球環境は今もなお変化し続けています。
それは、それまでの地球環境によってその生態系が変わった時代を経て、人類に適合させるように環境をコントロールしていく時代へと移行した結果なのかもしれません。
最近になって、それによる弊害が甚大であることが分かり、地球環境・生態系保護への意識が高まりつつあります。
そのような一人一人の意識が未来を変えていく力になるのかもしれません。