45億4000万年前、誕生当時の地球は今とは違った姿をしていました。
太陽系の他の惑星との際立つ違いとして指摘されている大陸と海。誕生当時の地球にもそれらはなく、岩石が溶けたマグマオーシャンに覆われていたといいます。
おそらく大陸がなかったら、生物は別の進化を遂げ、私たち人間は誕生しなかったのではないかとされています。
いつごろ、どのようにして大陸は誕生したのでしょうか、大陸生成についてまとめてみました。
大陸とは
そもそも大陸とは何でしょうか。
慣習的には、大陸とは「優位な水域で切り離された、充分に広く、連続的で、おのおのが独立していると認識される陸地」のことをいい、最も狭義の概念は「切れ目のない主要な陸地」を指します。
実際に、現在の7つの大陸(ユーラシア、アフリカ、北アメリカ、南アメリカ、オーストラリア、南極)は必ずしも海で分断された離散的な状態にあるわけではありません。
実はこれらの大陸の配置は日々変化しており、かつては地球上の大陸はほぼ一ヶ所に集まり、超大陸を形成していたとされています。ただ、体積に関していえば、10億年前にはほぼ現在の体積になったと考えられています。
大陸地殻
地球と太陽系の他の惑星との大きな違いの一つがこの大陸地殻の有無だといわれています。
その大陸地殻は平均組成60wt%SiO2(シリカ)で、30km程度の厚さがあります。
60wt%(重量パーセント)ということは100g中に60gのSiO2(シリカ)が含まれているということです。これは岩石でいうと花崗岩(かこうがん)に当たるわけですが、その組成は、その下のマントルの組成と大幅に違っています。
この花崗岩ですが、原始生命の活動にとっては重要であったと考えられています。
というのも、花崗岩はリンなど生命活動に必要な元素が高濃度で含んでいます。そして,この花崗岩の浸食・風化作用をとおして,海洋に栄養塩が効率良く供給されるのです。
マントル
ちなみに、マントルとは惑星や衛星などの内部構造で、核(コア)の外側にある層です。地球の構造は外側から順番に地殻、上部マントル、下部マントル、外核、内核となっています。マントルはカンラン岩と玄武岩からなっているといわれています。
海洋地殻は大陸地殻とは異なり、玄武岩からなっています。これは、海洋地殻はマントルの一部が溶解してできたためと考えられています。
そして、大陸地殻を作っている花崗岩ですが、これはこの玄武岩が水が存在することろで再び部分溶解して生まれました。
ただ、始生代はマントルの温度が現在よりも高かったため、マントルが部分溶解してできるマグマの成分も現在と異なっていたようです。
マントルからリソスフェア(地球の地殻とマントル最上部の固い岩盤を併せた部分の総称)へより多くの金属が分配されており、そのためマグネシウム分が非常に多いコマチアイトなど現在のマグマでは見られない成分の火成岩が存在していました。
また当時の花崗岩の組成も現在とは異なり、ナトリウム成分に富んだトーナル岩・トロニエム岩・花崗閃緑岩からなり頭文字からなっていたようです。
これは、マントルの温度が高かったため、沈み込みプレート(陸側プレートの下に潜り込んだ海洋プレート)自体が比較的浅い地下で融解して大陸地殻に貫入したためと考えられています。
大陸の生成
地球が生まれたころ、地球の表面にはまだ大陸地殻はありませんでした。
大陸がまだ溶岩性の液状だったころ、密度の高い成分がゆっくりと中心核に向かって沈んでいきました。密度の低い成分は表面に浮上する性質があるため、大陸地殻もシリカを多く含んでいる比較的軽い岩でできているわけです。
この軽い岩が冷却され、凝縮すると、この惑星の表面に浮かぶようになります。その浮かんだものが互いにぶつかり合うことで、互いにくっつき、次第に大きな塊となります。このような塊が安定してくると大陸となるわけです。
このような陸地の生成は一定のペースでコンスタントに進んだのではなく、段階的に起こったようです。というのも、世界各地の花崗岩の中のジルコン結晶の生成年代を分析したところ、27億年前と19億年前にジルコン生成のピークが認められるのです。
ジルコンは花崗岩には含まれますが、ほかの岩石ではほとんど含まれない鉱物です。つまり、ジルコンが生成されたということは花崗岩が作られていた,この時期に集中的に陸地が生まれたということでもあります。
始生代(太古代)の大陸
バールバラ大陸
バールバラ大陸とは、今からおよそ30億年ほど前の地球に存在したと考えられている安定超大陸です。ちなみに、超大陸は、地球表面上において大陸とみなされる陸塊を1つ以上含む非常に広大な陸のことをいいます。
このバールバラという名称は、現在はアフリカ大陸の南部にあるカープバールクラトンと、現在はオーストラリア大陸の西部にあるピルバラクラトンとから名前をとった造語です。
クラトンは、大陸地殻のうち、カンブリア紀以前に安定化し、その後活動を停止した古い安定大陸を指します。
現在は全く違う場所であるこの2つの地域に始生代(太古代)〜原生代初期にかけての暑い地層が露出していることは昔から知られていました。
1966年に地質学者のチェニイがこれらの地層の積み重なりがよく対応していることに対応していることに着目しました。
そして、それは30億年前当時にはこれらの2つのクラトンが隣り合って存在し1つの大陸を形成していたためであるという仮説を提唱し、この2つのクラトンの名前の一部をとってバールバラ大陸と命名してのです。
具体的には、西オーストラリアの地層は、下位からフォーテスキュー層群、ハマースレイ層群、下部ウィロー層群からなっています。
フォーテスキュー層群は27億7000万年前か27億1000万年前にかけて堆積したもので、砂岩や玄武岩を主体としています。
ハマースレイ層群は、26億8000万 年前から24億3000万年前にかけて堆積したもので、炭酸塩岩や縞状鉄鉱床を挟んでいます。
下部ウィロー層群は24億7000万年前から22億年前のもので、原生代初期の氷河堆積物を挟んでいます。
同じような地層の積み重なりがカープファールクラトンでもみられ、しかも堆積年代もほぼ一致しているのです。
このような地層の積み重なりの共通性は過去の大陸復元の手がかりのひとつです。地質学者は、こうした断片的な手がかりをもとに推理しながら過去の大陸の姿を浮き彫りにしようとしています。
すなわち、バールバラ大陸はまだ一つの作業仮説の段階であり、その当時に南アフリカと西オーストラリアが対置していたとする新たな証拠を集めて検証していくことが必要なのです。
ウル大陸
最初の大陸は30億年前ほどに、それ以前にできていた小大陸や島弧が合体してできたもので、大きさは現在のインド程度といわれています。この大陸がウルです。
30億年前~25億年前にはマグマが地表に噴出したり、地殻内に貫入したりする火成活動が極めて活発となりました。
沈み込み帯の火成活動は大陸地殻を形成するため。多くの小大陸や島弧(とうこ)もでき、それらが衝突して大陸が急成長したそうです。
ちなみに、島孤とは海のプレートがそれより軽いプレート(主に大陸のプレート)に沈み込むことで出来る海溝の大陸側に出来る縁海を有する細長い島の列のことです。
この時期までに、大陸の大きさは現在の50%程度にまでなったとされています。
まとめ
始生代(太古代)で起こった大陸の生成と当時の大陸の様子についてまとめてみました。
当時の姿をうかがい知るための地層は残ってはいるものの、未だ仮説の域をでないものもあります。
ただ、当時の大陸はその配置も含め、今とはずいぶん様相が違っていたようです。そして、今もほんの少しずつ変化し続けています。遠い将来、地球は今とはまた違った状態になっているかもしれません。