「小耳にはさんで欲しい健康の話」というコラムを書いたことがあります。
その時に、健康という言葉について調べてみました。
今では当たり前に使う「健康」という言葉。
いったいどうやって生まれた言葉なのでしょうか。
ちょっと小難しいコラムとなりましたが、お読みいただけると嬉しいです。
健康の語源
健康の語源をネット検索してみました。
中国の易経に健體康心(けんたいこうしん)という言葉があり「すこやかな体、やすらかな心」という意味であるいう記事が数多くありました。
ところが易経にその言葉はないという説もあり、本当のところはわかりませんが、健體康心はどことなく納得感が持てそうな説です。
易経
三省堂大辞林
中国、周代の占いの書。五経の一。
経文と解説書である「十翼」をあわせて一二編。
陰と陽を六つずつ組み合わせた六十四卦(け)によって自然と人生との変化の法則を説く。
「十翼」は、これに儒家的な倫理や宇宙観を加えて解説してある。
古来、伏羲(ふつき)氏が卦を画し、周の文王が卦辞を、周公が爻辞(こうじ)を、孔子が「十翼」をつくったといわれるが根拠はない。周易。易。
日本語としての「健康」
波留麻和解に初出
1796年(寛政8年)に蘭学者の稲村三伯、宇田川玄随、岡田甫節らによって波留麻和解(はるまわげ)が編纂されました。
日本初の和蘭辞典で、この中に「健康」という言葉が初出しています。
この頃の日本は江戸時代で、鎖国をしていました。
外国との窓口は長崎、対馬、薩摩、蝦夷にありました。
長崎の出島ではオランダと中国(清)と貿易をしていて、対オランダ貿易を通して西洋文化が入ってきました。
オランダの漢字表記は阿蘭陀または和蘭でした。
そこで、流入してきた西洋文化をオランダの蘭の字を用いて蘭学と呼ぶようになりました。
蘭学を学ぶためにはオランダ語の辞書が必要です。
辞書が編纂される時に、西洋のヘルスhealthの概念に「健康」という言葉を当て込んだというわけです。
明治以降に一般化
明治になって西洋医学が普及し、「健康」の解釈を当時の文化人が研究したことで一般化されていきました。
有名なところでは、高野長英、緒方洪庵、福沢諭吉。
福沢諭吉が著書「学問のすすめ」の中で「健康」を使っています。
先人たちは西洋から入ってきた健康という概念の確立に苦労したようで、解釈の変遷が見られます。
明治時代以前の日本には健康に対応する言葉として、丈夫、健やか、強壮、壮健などがありました。
貝原益軒の著書「養生訓」にみられる養生という言葉もありますが、健康とは異なった意味合いだったようです。
参考)北澤一利『「健康」の日本史』(平凡新書、2000年)
英語のヘルスhealthの語源
healthの語源は古英語のhal(完全な)であると言語研究がされています。
hal(完全な)
→heal(癒す)
→health(健康)と変化し
「まったく欠けたところのない完全な状態」を指していました。
halは、次の言葉の語源でもあり、様々な言葉につながっています。
whole(完全な)
hale(達者な)
hail(万歳)
holy(神聖な)
hallow(神聖にする)
wassail(乾杯)
参考)江藤裕之、healthの語源とその同族語との意味的連鎖-意味的連鎖という視点からの語源研究の有効性-、長野県看護大学紀要4、2002、p95-99
興味深いのは、health(健康)という言葉になる前のheal(癒す)で、これを名詞にするとhealing(ヒーリング)であることです。
健康とヒーリングは言語的には同じ系統にあります。
最近のエネルギー医学(波動医学)では、ヒーリングが健康にどのように影響を及ぼすのか、その仕組みなどについて研究されています。
つまり、言語的にも機能的にもヒーリングと健康は関係が深いことわかります。
ちなみに、ヒーリングする人はヒーラーhealer、ヒーリングされる人はヒーリーhealeeとなります。
健康の定義
WHOによる現在の定義
世界保健機関WHOのWHO憲章は1946年に署名され、1948年から効力を発揮しています。
日本では1951年に公布されています。
このWHO憲章の前文に健康の定義が次のように記されています。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
1951年(昭和26年)官報掲載の日本語訳は、「完全な肉体的、精神的及び社会的福祉の状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」です。
WHOの定義では健康は単に肉体の問題ではないとされています。
改正案
WHOでは、1998年に健康の定義については改正案が提出されました。
改正案は次の赤字部分が加えられています。
Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
dynamic(動的)は、健康と疾病は別個のものではなく連続したものであることを意味し、spiritual(霊的)は、人間の尊厳の確保やQuality of Life(生活の質)を考えるために必要な、本質的なものであるという意見から付け加えられました。
提案されたものの、現行のWHO憲章が適切に機能しているため、この改正案は審議入りしておらず採択にも至っていません。
健康を評価する指標
WHOで定義されている健康を客観的に評価するのとても難しい問題です。
健康が単に肉体の問題であるなら医学的指標を使えば比較評価は簡単ですが、精神的、社会的にまで健康の枠を広げると個々の主観が大きく影響してきます。
人種、宗教、政治的信念または経済的もしくは社会的条件など個々の背景が異なるからです。
価値観が違えば、物事の捉え方も違います。
例えば。
戦争や紛争のある所とない所では、ない所の方が健康の程度は高そうですがそれは本当でしょうか。
同じ人でも、気持ちが沈んで仕事がままならないが体は大丈夫な時と、生きがいを感じながら仕事ができたが過労で体を壊した時とではどちらが健康なのでしょうか。
余命宣告された人が日々感謝しながら生きておられるのはどうでしょうか。
これらを網羅できる指標としてQOLという概念が役に立ちそうです。
QOLの定義
QOLとはQuality Of Life(クオリティ・オブ・ライフ、人生の質、生活の質)の略です。
個人が生活する文化や価値観の中で、目標や期待、基準および関心に関わる自分自身の人生の状況についての認識と定義されています。
QOLも健康と同じように、自分の人生や生活をどう感じているか主観的なものです。
WHOQOL26
WHOが作成した調査票QOL26は、次の4領域24問と全体を問う2問の計26の設問から成ります。
- 身体的領域
- 心理的領域
- 社会的関係
- 環境領域
- 全体
設問に対して自分の状態を五段階評価でチェックできるように工夫されていて、QOLが簡単に測定(数値化)できます。
WHOの定義する健康とはQOLが高い状態と考えられるので、この数値で客観的に評価できるのではないでしょうか。
参考)WHOQOL26手引改訂版 田崎美弥子・中根允文著(2013年、金子書房)
まとめ
日本では鎖国時代に健康という概念が蘭学を通して入ってきました。
現在、健康の定義はWHO憲章の前文にあるものが知られています。
健康かどうかは主観的なものであり、客観的評価が難しいものですが、QOLを測ることで評価ができそうです。