先日、南アルプス北部を4日間で縦走してきました。
ルートは、山梨県韮崎市近くから登り始め、総称して鳳凰三山と呼ばれる薬師岳、観音岳、地蔵岳を始め、仙丈ヶ岳、甲斐駒ケ岳に登頂したあと、日本三大急登の一つである黒戸尾根を伝って下山しました。
鳳凰三山、および、仙丈ヶ岳、甲斐駒ケ岳は、いずれも百名山に名を連ねる名山で、2,800〜3,000m級の山々からの眺望、景色はとても感慨深いものでした。
登山の目的は、意識の覚醒でしたので、行程中は常に山々との繋がり、つまり、地球との繋がりを意識していました。
それによって、人間とは何か、潜在意識とはどんなことをしてくれているのか、そして潜在意識を通じた大いなるものとの繋がりについて、言葉ではなく、感じるようになったのです。
その話は別の機会に譲るとして、山を歩いているうちに山そのものへの興味がだんだん湧いてきました。
ちっぽけな人間から見ると雄大であり、泰然として動かず、永劫にその姿をとどめているかのようにさえ感じる南アルプスですが、、
いったいどうやってできたのだろう?
そんな疑問が湧いてきました。
火山でもなさそうだし、どのように隆起したのだろう。しかも、100や200mではなく3,000mも!いつ頃、どのぐらいの時間をかけて?
南アルプスでは、豊かな森林、北アルプスに比べるとなだらかな山容が印象に残っていますが、同時に甲斐駒ケ岳や地蔵岳山頂付近にあるオベリスクのような巨大な岩石も記憶に残りました。
ちなみに、甲斐駒ケ岳の岩と地蔵岳やそのほかで見られる岩とはまた種類が違います。あのような岩石もいったいどのようにしてできたのだろうか。
ということで、帰ってから南アルプスの形成について調べてみたのでした。
1.南アルプスと日本アルプスの関係
知っている人には当たり前の話かもしれませんが、南アルプスは日本アルプスの一部です。
1881年に刊行された『日本案内』という本の中で、イギリス人鉱山技師のウィリアム・ゴーランドという人が、ヨーロッパのアルプス山脈に因んで、「日本アルプス」と紹介したのが由来だそうです。
後に、登山家、随筆家で小島烏水という人が飛騨山脈を「北アルプス」、木曽山脈を「中央アルプス」、赤石山脈を「南アルプス」としました。
そういえば、小学校の社会では、飛騨山脈、木曽山脈、赤石山脈と習ったっけ。
聞いたことがあったはずですがとっくに忘れていて、「南アルプス=赤石山脈」というのが、久しぶりに頭の中で結びついたのでした。
2.かつて海の中にあった南アルプス
そんな南アルプスについて調べてみて、まず驚いたのは、南アルプスの地層がかつて海の中にあったということです。
私は、南アルプスの山々について、山梨県、長野県という日本の真ん中にあるイメージを持っていました。(実際には静岡県にも跨っています)
また、日本で2、3番目に高い北岳、間ノ岳を含め3千メートル級の高さ、まさに日本の屋根であるという点で、海から遠く隔たった印象もありました。
ところが、南アルプスの地層から放散虫という海の生物(プランクトン)の化石が見つかるんだそうです。
それは単に南アルプスが海中にあったことを示すにとどまらず、日本列島がどのように形成されたかのプロセスを解き明かすヒントをも与えてくれます。
3.南アルプスの地層とは
それでは、南アルプスの地層とは、どんなものでしょうか。
日本列島を見渡すと、九州から関東地方にかけて概ね東西方向に、 幾つかの 帯状の地質群の分布が認められます。
そのうち最も南側(太平洋側)の地質帯が四万十帯(しまんとたい)と呼ばれるもので、日本列島の南西部の端を形成しています。
南アルプスを形成している地質帯は、大部分がこの四万十帯であるそうです。
四万十帯は紀伊半島南部から四国南部まで連続してみられ、高知県を流れる四万十川から名付けられたということです。
四万十帯の地層は、大部分が砂岩(砂が押し固められてできた岩)と泥岩(泥が押し固められてできた岩)が交互に積み重なっています。チャートや枕状溶岩といった岩石もみられます。
チャートは二酸化ケイ素を主成分としており、放散虫をはじめとする動物の殻や骨片が海底に堆積してできた岩石です(赤石岳の赤石沢で多く見られる赤褐色の石が赤色チャートです)。
この泥岩やチャートの中からは、放散虫という遠洋性の生物の化石が見つかることがあります。チャートはその成分から、水深1,000m以上の深海で作られたと考えられているそうです。
枕状溶岩は水中で溶岩が流れた際に形成されるとのことで、四万十帯に枕状溶岩がみられるのは、海底火山の噴火によるものなのでしょう。
こうした地層の研究から、現在では南アルプスの地層は、1億年前から2,000万年前頃までの間に、海の中で作られたと考えられているそうです。
しかも、1億年前には、赤道付近に位置していたというから驚きではありませんか。
4.南アルプスの形成
南アルプスが海の中にあったといっても、今みたいな高い山が海中に聳えていたのではありません。
海の中で堆積した四万十帯がどうして高い山となるに至ったのかについても、現在では明らかになっています。
四万十帯には興味深い特徴があり、地層のまとまりでみると、古い層が新しい層の上に位置しています。
つまり、古いものの上に新しいものが堆積するという、地層の常識に反しているのです。
なぜこのようなことが起きるかは、プレート・テクトニクス理論で説明がつきます。
大陸プレートの下に海洋プレートが沈み込む時、海洋プレート上の堆積物が、剥ぎ取られて大陸プレートにどんどん押し付けられて付け加えられますが、これを「付加体」といいます。
付加された地層の下に潜り込むように新しい地層が付加されため、新しい地層の方が古い地層より下に位置するという逆転が起きます。
具体的に、のちに南アルプスとなる地層は、フィリピン海プレートがユーラシアンプレートの下に沈み込むところに位置していました。
北西側へと圧力が加わることによって、南アルプスが、その地層を褶 曲 させながら隆起していったのです。
5.日本列島の形成にも深い関わり
ところで、2,000万年前にはまだ日本列島はアジア大陸の東縁部に位置していました。
日本列島の骨格となるものは、アジア大陸の東縁部に付加された付加体でした。
それでは、どうして日本列島が大陸から離れ、日本海が形成されたのでしょうか。
そのプロセスは、やはりプレート・テクトニクスで説明できます。
日本列島は、先ほどのユーラシアンプレートとフィリピン海プレートの他にも、北米プレートと太平洋プレートがぶつかる場所に存在します。
このように4つのプレートが狭い範囲でぶつかる場所は世界でもここだけだそうです!
そして、1,500万年ほど前から、上で述べたのちに南アルプスを隆起させたユーラシアンプレート下へのフィリピン海プレートの沈み込みが、日本の南西部を時計回りに回転させることとなりました。
一方、北米プレート下へのユーラシアンプレートの沈み込みが、日本の北東部を反時計回りに回転させることになったのです。
このような動きの結果、日本列島は逆「く」の字に折れ曲り、日本海が形成されることになりました。
南アルプスはこの日本列島が形作られるダイナミックな動きのまさに要衝に位置していたということです。
6.今も隆起し続ける南アルプス
南アルプスの本格的な隆起は、100万年ほど前から始まったことが礫(れき)と呼ばれる小さな石の地層の調査結果からわかっています。
さらに驚くことに、南アルプスを形成したその動きは現在もなお続いているということです。
最近70年間の測地測量データでは、南アルプスは年間約4㎜以上の速度で隆起しており、この速さは日本では最速、世界でもトップレベルだそうです。
たしかに、年間4㎜×100万年=4,000mですから、3,000m級の山が形成されるのと整合性が取れていますね。
南アルプスはプレートの動きによって、世界でも有数の速度で 隆起していて、またその影響で崩壊も進んでいます。
大量の雨(南アルプスは日本有数の多雨地帯です)による水の流れや、周氷河作用(地中の水分が凍結や融解を繰り返すことによるもの)によっても地形が変化しています。
たかだか100年しか生きられない人から見ると、盤石かつ雄大な姿でそびえ立つ南アルプスは、あたかも永遠にその姿であるかのように錯覚してしまいます。
しかし、実際には、南アルプスの山々は、悠久の時の中でダイナミックに変化し続けています。
今私たちの前にあるその姿は、その変化の中の一瞬のものであるのです。
そう思うと、人間の短い命のなかで、これほどまでに豊かで美しい南アルプスの山々と出会えている今という瞬間が、まさに奇跡であるという気がしてくるのです。
7.氷河期の名残りをとどめる南アルプス
最後に、南アルプスはその険しさが幸いして人間の手が及びにくい分、自然がふんだんに残りたくさんの野生の動植物が生息しています。
今回は、3,000m以上の仙丈ヶ岳の周辺でライチョウの親子に出会いました。
母親が見守るなか、6羽のヒナが登山道で砂浴びをしていて、近づいても逃げませんでした。
ヒナはフワフワと丸っこく、うずらみたいで可愛いかったです。
寒い地域に生息するライチョウですが、南アルプスは世界の南限の生息地だそうです。
ライチョウは氷河期に分布が広がり、その後氷河期が終わって氷河が退いた時に日本の高山に残って分化が進んだと考えられる、日本固有亜種です。
また、高山植物も、氷河期の名残だそうで、こうした動植物を、「氷河期の遺存動植物」というそうです。
地球上で何回かあった氷河期ですが、最終氷河期は、7万年前〜1万年前と言われています。
温暖化した地球で、遥か1万年前から、冷涼な高山で命をつないできたと思うとライチョウや高山植物に対して、愛おしさを感じずにはいられません。
氷河期の名残は地形にも残されています。
カール(圏谷)と呼ばれる地形で、氷河の侵食作用によって山頂近くにできた半円形の窪地を指します。
南アルプスでは、今回訪れた仙丈ヶ岳の他、間ノ岳、荒川岳(中岳)、東岳(悪沢岳)で見ることができます。
8.まとめ
何気なく目にしていた南アルプスの山々でしたが、調べてみるうちに、生きているのは、動物や植物だけでなく、山そのものも生きているのだという思いを深くしました。
それは、また地球についても言えることだなぁと感慨深いです。
来年再び、塩見岳〜農鳥岳〜間ノ岳〜北岳といった南アルプス中部の山々を縦走しようと考えています。
相手のことを知るほど興味を覚え、付き合うのが楽しくなるのは、人との付き合いと同じです。
これからもより深く南アルプスと付き合っていきたいと思います。
以上
参考文献:
<改訂版>南アルプス学・概論 静岡市
地球の話をしよう〜南アルプスの魅力に感動!〜 山梨県立大学特任教授 輿水達司