怒りは、生物が危険などに適応するために、もともと備えている感情だといわれています。
人間以外の動物のことを思い浮かべてみてください。
「怒り」は、すなわち相手への「攻撃」を意味し、肉体はそのための準備を行います。
しかし、人間に関していうと、状況は少し複雑になります。
怒りは、理性によってある程度制御され、相手への攻撃には直結しません。
更に、怒りの対象に関してみても、
他者に対してだけ向けられるわけではなく、
自分に対して向く場合もあるでしょう。
人間の場合、怒りの感情は、生活のあらゆる場面で
「こうしたい」とか「こうありたい」という想いが邪魔されたと感じたときに生じてきます。
怒りのエネルギーは強く、
時に自分自身でもそのエネルギーを持て余し、
コントロールすることか難しいということもあります。
そのため、怒りのために適切な判断ができず選択を誤ったり、
人間関係を壊したりということが起き、
人々の悩みの種になるのです。
では、こういった怒りはどのようなメカニズムで生まれるのでしょうか。
そして、私たちの身体にどのような影響を与えるのでしょうか。
怒りがあるとき、脳はどのようになっているのか
怒りは、脳の扁桃体と呼ばれる場所と密接にかかわっています。
扁桃体は、感情を生み出すとされる辺縁系の一部です。
怒りが生じたとき、私たちが自分自身の怒りに気づく前に
すでにこの扁桃体が活性化しているとされています。
そして、活性化した扁桃体が視床下部(ししょうかぶ)を活性化するのです。
視床下部は、内分泌や自律神経機能の調節を行う総合中枢です。
その結果、視床下部から副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH: Corticotropin releasing hormone)が分泌されます。
CRHは、血流にのって下垂体へと伝わっていきます。
そして、下垂体から副腎皮質刺激ホルモン (ACTH: adrenocorticotropic hormone)の放出を促すのです。
さらに、ACTHは、副腎を刺激します。
そして、副腎は、ストレスホルモンであるコルチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリンを分泌するのです。
参考)感情を生み出す脳
怒りは脳をどのように変えてしまうのか
では、怒りがある状態が長く続くと脳はどのようになるのでしょうか。
怒りの状態が続くことで、前頭前野(ぜんとうぜんや)と海馬に影響が出るということが知られています。
前頭前野は、理性を司る場所です。
ここは、適切な判断を下したり、将来の計画を立てたりするのに重要な役割を果たしています。
怒りによって増えたコルチゾールによって、この前頭前野にある神経細胞が減ってしまうということが分かっています。
つまり、怒りの状態が続くことによって、更に怒りっぽい、キレやすい脳の状態ができてしまうという悪循環に陥るわけです。
他にも、コルチゾールの増加によって、記憶に関係する海馬でも神経細胞が減ったり、新しく神経細胞を作ることが妨げられたりします。
このような前頭前野と海馬における変化は、コルチゾールが増えたことで神経細胞の細胞膜を通って過剰にカルシウムが入ってきたことで起こってきます。
怒りが与える身体の変化
怒りによって増えたコルチゾールは、身体に様々な影響を与えます。
主には、相手を攻撃するのに適する方向への変化です。
つまりは、筋肉に効率よく血液を運び、身体を活性化するために心血管系の変化が起こってきます。
心血管系への影響
心拍数や血圧をあげ、血管の緊張を亢進させます。
血糖値を上げたり、脂肪酸の血中濃度を上昇させたりする働きがあります。
これらの反応は、怒りによる行動(攻撃など)にとってはメリットがある反面、血管に負担をかけるというデメリットがあります。
免疫系システムへの影響
コルチゾールの増加は、甲状腺の機能低下や免疫力の低下をきたします。
具体的には、ナチュラルキラー細胞の数が減り、ウイルスに感染した細胞が増えたり、癌の発生率が増加したりということが起こってきます。
ちなみに、ナチュラルキラー細胞とは、全身をパトロールしながら癌細胞やウイルス感染細胞などを見つけて攻撃するリンパ球で、生まれながらに備わっている身体の防衛機構に重要な働きをしています。
その他の肉体の変化
怒りによって、消化管への血流低下と代謝の低下や口の渇きが生じ、眼圧が上がったり、視力が低下したり、頭痛が生じたり、骨密度が低下したりといったことが起こってきます。
穏やかに過ごすために
怒っている状態が長いと前頭前野の神経細胞が減り、機能が低下します。
それ以外にも、体調が悪かったり、寝不足だったり、お酒を飲んだり、薬を使用したりしたときには、前頭前野の働きは鈍くなります。
逆に考えれば、怒りの悪循環を断ち切るには、それらに気をつけた方がよいということです。
しっかりと眠り、お酒はほどほどにしましょう。
ゆっくりと呼吸するというのも交感神経の緊張をおさえるという意味では効果的でしょう。
怒りという感情を客観的にみるという観点から考えると、自分の怒りについて名前を付けてみたり、具体的に書き出してみるのもよいかもしれません。
睡眠をとる
しっかりと睡眠をとり、お酒を控え、規則正しい生活を送ることが穏やかに過ごすための第一歩といえます。
実際に、睡眠不足になると前頭前野の機能が低下するだけでなく、怒りを生み出す扁桃体も活性化しやすくなることが分かっています。
つまり、ちょっとしたことで怒りやすくなるいっぽう、それを鎮めるための機能が低下するということです。
姿勢を正す
コルチゾールは、姿勢と関係しているといわれています。
姿勢が悪いとコルチゾールが増加し、背筋を伸ばした姿勢だとコルチゾールが低下するということが分かっています。
実際、背筋を伸ばして座るとポジティブな記憶や考え方を記憶する能力が高くなり、ストレス耐性を促すことになるという報告もあります。
姿勢による変化は意外と早く現れ、たった2分で発生するとされています。
幸せホルモンを活用する
更にいえば、前述したように、人間と他の動物との間には怒りに対する反応に大きな違いがありますが、その違いを生んでいるのが前頭前野です。
前頭前野は、人間でもっとも発達した部位であり、「人を人たらしめる場所」ともいわれています。
とはいえ、前頭前野の発達が完成するのは成人になってからです。
子どものうちは前頭前野が十分に発達していません。
そして、前頭前野の発達は、子ども時代の親子関係や経済状況が関係しているといわれています。
このような相関関係を示す要因として考えられているのが、幸せホルモンといわれるオキシトシンです。
オキシトシンは、人との触れ合いで増え、愛着を形成するのに重要な働きをするといわれています。
実際、子ども時代に特定の養育者と、安定的な関係を築けなかった人は、オキシトシンが不足しがちで、前頭前野の発達が不十分となる可能性があるという報告もあります。
では、脳がもっとも発達する時代を過ぎ去った大人では、どうしたらよいのでしょうか。
実は、子どもと同じというわけにはいきませんが、大人でも脳は変化します。
マッサージを受けたり、動物と触れ合ったり、ふわふわしたぬいぐるみに触れたりすることもオキシトシンを増やすのに有効だとされています。
それらを日常の生活の中に取り入れてみるのは、よい方法かもしれません。
まとめ
怒りが生じるメカニズムとそれによる身体の変化とその対処法について、まとめてみました。
脳の観点から見ても、怒りはためこむと悪循環に陥ってしまいます。
自分にとりいれやすいものから試してみるのも良いかもしれません。