はじめに
わたしたちの生活は、「約束」に溢れています。ひとつひとつの約束を守ることは、人間関係や仕事関係、日常生活や社会生活の基本となるので、約束を交わさずに過ごすことはできないといえます。
また、約束と似たような意味合いで、私たちは“契約”という言葉を活用していたりもします。中には、「契約なんて重苦しいもの…私の日常にはありません」という人もいるようですが、実際には“契約”に溢れています。
例えば、会社にいくための鉄道やバスなどの利用には“運送契約”があり、コンビニで商品を購入するときには “売買契約”があります。キャッシングをするときには“金銭消費貸借契約”があるように、日々、様々な契約の中で暮らしているといえるのです。
“契約”には、個人間の権利・義務関係を規定し、民法・商法上などの効果を生じさせる目的で、当事者間で取り交わす約束(『新明解国語辞書』)という意味がありますから、契約を破ると、時に損害賠償等を求められることもあります。
厳密に捉えれば、「約束」と「契約」には、違う部分もありますが、共通している点もあります。それが“守る”という点です。
お互いの信頼関係があって、納得した上での“約束”や“契約”には、「信用と信頼」が存在しています。ですから、破ったときには信用・信頼を無くすだけでなく、日常生活にも支障をきたすことについては、簡単に想像できることでしょう。
さらには、法律上の罰則以上に、精神的に辛い状況になることもイメージできるのではないでしょうか。
今回は、「約束」について取り上げていきますが、法律的な内容ではありません。約束が持っている性質についてまとめていますので、約束を守る大切さを考えていきながら、自分自身におよぶ影響について考えていく機会になれば幸いです。
1、時間の約束
「5分前行動は社会人の基本」といわれている程で、日常が充実している人や社会的に生き生きと仕事をしている人に、遅刻グセのある人はいないでしょう。天候気候や不慮の事故などといった不足の事態で約束の時間に遅れることもあるかもしれませんが、約束を守る人というのはそういった不測の事態でも約束を破らずに済むよう、できる限り備えて、約束の時間に余裕をもって到着している人が多いようです。
なぜならば、時間は限られた資源であると捉えているからでしょう。また、約束の時間(期限)を守ることが、周囲の人から信頼あつめ、協力して生活や仕事を“一緒に”進めていく糧となることと知っているからだといえます。
裏返していうならば、時間や期限を守れないということは、生活や仕事を共にする相手を尊重しないことにつながり、物事が円滑に進まないだけでなく、自分自身も相手から尊重されずに、様々な発展のチャンスを自ら手放してしまうことになるのです。
そのため、「時間の約束」というのは守る必要があるといえます。
2、お金の約束
お金のやり取りも、しっかり対応する必要があります。お金に関する約束は、影響が目立つこともあって、守る人が多いと思いますが、意外なところで“ズボラ”な一面が露見します。
例えば、誰かとタクシーを利用したときに、自分が支払わなければならない立場であるにも関わらず、手持ちがないために立て替えてもらったとしましょう。その立て替えてもらったお金を返すかどうか、という場面を考えてみてください。
おそらく、大半の人が「返す」と回答し、返金するでしょう。しかし、中には「後で返す」と回答したものの、そのまま忘れてしまうことがあるようです。
このような「後で返そうとして、忘れてしまう人」の場合では、お金に関する約束に“ズボラ”な一面が露見した人としてみることができるでしょう。
お金を支払う立場というのは、お金を払うという責任を引き受ける立場であり、主導権を握る立場でもあります。そんなときに、10円でも相手からもらってしまうことは、責任と主導権の放棄につながってしまいます。
このことから逆に、10円の損失を相手に被せて平気な人は、もっと大きな損失も被せても平気な感覚を持っているという見方ができます。さらに、自分に部下ができたときに、部下を守るという感覚も希薄であることまで、うかがうことが出来てしまうのです。これは、「自分さえよければ、それでいい」という考え方が内在しているからといえるでしょう。
一事が万事。「ひとつのことがそうだと他の事も大体同じ調子だ」といわれてしまうように、小さな行為に人間性は宿るものです。本人は気に留めることではないとしても、周囲の人は細かなところまでしっかりと見ているのです。
だからこそ、どんなに小さな金額(1円)であっても、自分が支払うべきものであれば、しっかりと支払うという覚悟を持つことも大切なのです。
3、究極は「とにかく約束を守る」
端的な表現かもしれませんが、究極的には、「発言したことを守る」ことが大切です。時間にしろ、お金にしろ、約束を守ることが大切なのです。そして、一度約束を交わしたのであれば、その約束を守り抜くという覚悟がなによりも重要です。
社会的立場がある人ほど、小さな約束を大切にするようですし、細かなことまで気を巡らせるのも約束を守り抜く覚悟からなのかもしれません。
反対に、小さな約束を軽く見ている人に限って、大事なことを取り逃してしまう傾向が強いようです。こうしたことは、重要な仕事であったり、家族間での記念日であったりと、現実的な結果として現れてくるので、その度に振り返るような癖をつけていれば防げるのですが、振り返ることも軽くみてしまうのでなかなか改善されません。
なかでも、仕事という枠の中で考えてみると、約束の積み重ねが大きな仕事につながることは周知の事実なので、規模の大小関わらず、約束を果たしているかどうかが、ものをいう状況にあるのは明らかでしょう。
また、日常生活においても、約束を守ることで信頼が生まれ、人間関係を築き上げるといった性質があります。自分を信用してくれる人が居なくては、自分自身の発展や向上はないと思っていいでしょう。
高学歴でなくても、業績をあげられなくても、約束を守る誠意のある人は、決して周囲から見捨てられることがありません。そして、何かを生み出している人というのは、約束事を守りながら、人一倍努力を重ねている人に多く見られます。
中には、「特別な成績は出せないし…何かを生み出すなんて…もっとできない」という人もいるかもしれません。そうした人については、特別なことを取り組まなくても、これまでの日常を振り返って、“1分の遅刻”、“1円のごまかし”がなかったか、見直してみてはいかがでしょうか。
もし、そのような“クセ”が自分にあるようなら、その癖を直すだけで、周囲からの評価は劇的に変化する可能性があります。こうしたことは、徹底的に“約束を守る”ことを貫いた人ほど、実感できることかもしれません。
4、破約の背景
前項までは、約束を守ることについて取り上げました。では、次は、約束を破ること(破約)について考えてみましょう。
約束は、小さくても、大きくても、大切なことには変わりがありません。小さな約束であったとしても、軽視することなく、誠意を持って守り続けているからこそ、相手からの信用や信頼が高まっていきます。
しかし、相手から求められた約束を守ることが難しいようであれば、約束を交わさないということも大切な要素となります。もし、自分自身に無理を重ねて約束を交わしてしまえば、期限という約束が守れない事態が発生し、結果的に相手の気持ちを裏切ることになります。そうなれば、信用や信頼に傷をつけることになります。
約束を交わした自分自身の気持ちの中では、一生懸命に取り組み、約束を果たそうと奔走していたとしても、結果的に約束が果たせなくては、相手からの信用や信頼を守ることは出来ません。
こうした状況をよくよく分析してみると、交わした約束自体が複雑に絡みあい、約束の約束が存在したり、二重三重に決まり事が絡み合っているために、約束を果たすことが困難になっていることがよくあります。
安易に約束を交わしているつもりはないかもしれませんが、他の約束とのバランスを見極めることなく、相手に合わせて約束を交わし続けるようなことになれば、約束を守ることはできないようになるでしょう。そうなれば、相手を傷つけてしまうだけでなく、自分自身も傷つけてしまう結果を招きかねず、お互いを不幸にすることになります。
約束を守れない前提で物事を考えるのは避けるべきことのように思えるかもしれませんが、約束を交わす相手と共に、「もしも、守れなかったら…」の可能性と向き合い、共有しながら、お互いに最善を尽くしていくことが、約束を守る過程での質や、結果として現れた現象を、より良い方向へ変化していくと考えられます。
さいごに
日常から使われている“約束”や“契約”は、人と人とが同じ目的や目標を共有して、達成するために意識的に決定した“守るべき約束”です。
身近な場面で考えるならば、企業や団体には就業規則があり、趣味やサークルを結成すれば会則があります。それらの規則は、その表現や言葉が難解であったとしても、物事が有意義に、円滑に進むように作られた「約束ごと(決まりごと)」なのです。
企業や団体、組織に属している人の中には、こうして作られた約束ごとに対して、「自由じゃない」、「苦しい」、「締め付けられている」、「窮屈だ」などの考えから、決まりごとを破ってしまう、または、破るしかないと考える人もいるようです。しかし、組織に属している以上、守るべきものは守らなければ、私たち自身の生活が成り立たなくなることにも繋がるでしょう。
日常的に交わされる約束には、「何日、何時に◯◯で待ち合わせをしよう」と交わす友人知人との口約束や、「今晩7時に夕食にするから、それまでに帰ってくるのよ」と交わす親と子供との家族間の約束もあるでしょう。
法律や規約というものだけでなく、日常の些細な口約束であっても、いったん交わした以上、それは立派な「約束」になることを知っておかなくてはなりません。もし、そうしたことを破れば、「信用をおけない」、「信頼できない」、「いい加減な人」という道徳的な非難をされるだけでなく、何らかの形で責めを負わなくてはならない、生活上または仕事上の障害(不都合な現象)を招いてしまいます。
日常的な約束ごとのなかでも、最も破りやすく、守りにくいのは、自分自身との約束です。〈今年こそ禁煙!〉、〈メタボ解消にマイナス5キロ!〉、〈デスク周りの整理整頓!〉等々の約束を、特に年末年始にしている人が多いようですが、俗に言う「3日坊主」になってしまうことは少なくないようです。
決心しても、なかなか行動することが出来なかったり、継続することができなかったりすることで、自分自身を責めてしまう現象は、約束を守ることが出来なかった悪影響が現象化したものと、みることが出来るでしょう。
約束ごとというのは、“守る”ことが前提に結ばれるものです。ですから、守れないと感じるときや、守れない可能性がありそうなときには、決して結んではいけないほどに大切なものです。
約束を交わす者同士が、しっかりとした共通認識をもって、同じ方向にある目的・目標に向かって歩んでいくことが出来たら、これまでにない素晴らしい結果や現象を引き寄せることになります。
だからこそ、小さな約束をひとつひとつ積み重ねることで、大きな信頼へと繋がるのです。
小さな約束、大切にしていますか?