恐れはどこから来るのでしょうか。
同じ事象であっても、怖いと感じる人もいれば、そうでない人もいます。
その違いを生み出すものは、なんなのでしょう。
恐れのメカニズムについて、見ていきましょう。
恐れとはなにか
恐れは、動物や人間が持つ感情の一つで、怖いと思うことやその気持ちです。
心理学者の河合隼人教授は、恐れを「人間は自分の人生観、世界観やシステムを持ちながら生きているが、それをどこかで揺り動かすもの」と定義しました。
ブリタリカ国際百科事典によると、恐れの中でも具体的な事象になってはいないが、明確な対象があるものが「心配」、具体的な事象になっていないし、明確な対象もないものが「不安」だそうです。
恐れがもたらす反応
恐れがあるとどうなるのでしょうか?
恐れは私たちの身体にもいろいろな変化をもたらします。
これは恐れがあるときに交感神経が活発に働くからだとされています。
そもそも恐れは自分の身を守るために備わった感情です。
身の危険が差し迫った時にそれと戦うのか、それとも逃げるのかをとっさに判断し、行動に移すために身体の状態を変化させているのです。
このような恐れがあるときの反応は、fight or flight response(闘争・逃走反応)といわれています。
Fight or flight responseは、交感神経が活発に働くことにより生じます。
それによって通常では考えられない力が発揮できる反面、緊急時には使わない内臓への血流を少なくさせ、判断力は低下して、心身へと負担をかけるのです。
恐れがもたらす身体の変化
Fight or flight responseが起きているとき、身体にどのような変化が起きているのでしょうか。
逃げるにしても戦うにしても周りの状況に集中して、情報を集める必要があります。
そのため、瞳孔は大きくなります。これは、交感神経が瞳孔散大筋を刺激することで起こってきます。
また、交感神経が活発になることによって気管支平滑筋が緩み、空気の通り道である気管支の内径が広くなります。それによりガス交換が容易になり、酸素を取り入れやすくなります。
多くの血液を身体に送ることができるように心臓は速く打つようになり、血圧も高くなります。
肝臓では多くのエネルギーを生み出すようグリコーゲンの分解が活発になります。
いっぽう、戦ったり逃げたりすることに関係のない器官に関しては、お休みする方向に働きます。
消化管の動きはゆっくりになり、消化液の分泌も低下します。
末梢の血管は収縮し、その分の血液を戦ったり逃げたりするために必要な臓器に送るように働くのです。
恐れを生み出す脳のメカニズム
恐れはどのようにして生み出されるのでしょうか
恐れを生み出す脳の回路には、次に示す二つがあると考えられています。
経路1.刺激→感覚野→扁桃体(へんとうたい)→恐怖反応
経路2.刺激→感覚野→連合野→扁桃体→恐怖反応
経路1は、直観的・反射的な恐怖反応です。
これは、危険の認知を必要としません。
つまり、特定の条件に対して無条件に発動してしまうのです。
そこには、状況の危険度や自分の生存への知覚理解は関係していません。
実際に危険であると認知する程度とは違っている可能性すらあります。
冷静に考えれば怖くないことに恐れを感じることがあるということです。
それに対して、経路2は危険という判断結果に基づく恐怖反応です。
当然、思考や判断という認知的過程を必要とします。
経路1に連合野での「危険」との照合作業が付け加わった経路です。
参考)感情を生み出す脳
記憶の形成と消去
恐怖に関する記憶の形成と消去には扁桃体と内側前頭前野が関わっています。
さらに、ノルアドレナリンという神経伝達物質が重要な働きをしているということが分かっています。
扁桃体に投射するノルアドレナリン神経細胞群は恐怖の学習に、前頭前野に投射するノルアドレナリン神経細胞は恐怖の消去学習に関与しているのだそうです。
扁桃体
扁桃体は、大脳辺縁系の一部で、高等脊椎動物の側頭葉内側の奥にあるアーモンド形の神経細胞の集まりです。
扁桃体は、情動反応の処理と記憶に主要な働きをしています。
何かを見たり聞いたり、匂いをかいだり、触ったり、味わったりしたとき、それが生存にかかわる重大なものであるかどうかを一瞬のうちに評価し、快不快の判断をします。
一瞬のうちに評価するとお伝えしたように、扁桃体の反応はスピード優先です。
これは生存が何よりも優先されるという生物の本能による機能ともいえるのかもしれません。
さらに、身の危険を回避するためには、危険な目にあったときにそれを記憶して次に生かす必要があります。
何か新しいものを覚えるときに海馬(かいば)が重要な働きをしているということはよく知られていますが、情動の記憶に関していえば扁桃体が重要な役割を担っています。
そして、扁桃体は海馬と密接にかかわっています。
何かを記憶するとき、感情を伴っていると長く鮮明に記憶されるという経験をされた方も多いと思いますが、それはこの扁桃体の働きによるものです。
こういった働きのある扁桃体ですが、慢性的なストレスに長期的にさらされると肥大化することが分かっています。
肥大化した扁桃体は、少しのストレスでも過剰に反応するようになります。
このようにして起こる扁桃体の肥大化がうつ病再発と関係しているのではないかとも考えられています。
では、扁桃体が機能しないとどうなるのでしょうか?
両側の扁桃体が損傷されるUrbach-Wiethe diseaseという珍しい病気があります。
その病気のため扁桃体が機能していないS.M.さんという女性は、恐怖を感じることができず、向う見ずな行動をとってしまう傾向があったそうです。
前頭前野
ヒトをはじめとする霊長類は、大脳皮質が発達しています。
この大脳皮質は、前頭葉、頭頂葉、側頭葉、後頭葉に分けられます。
前頭葉は、中心溝より前にある広い領域で、前頭前野はその前頭葉の最前部にあります。
内側前頭前野は、行動を発現するための動機づけの制御にかかわっているとされています。
そして、ここが扁桃体の暴走を抑える働きを担っています。
しかし、残念ながらストレスは、この前頭前野にも影響を及ぼし、その働きを弱めてしまうといわれています。
つまり、長期的にストレスにさらされると、ちょっとしたことで恐れが生じ、さらにはそれをおさえる力さえも弱まってしまうということです。
ノルアドレナリン
神経細胞は、電気信号を使ってお互いに情報伝達をしています。
神経細胞には軸索(じくさく)と樹状突起(じゅじょうとっき)という枝を出しています。
軸索から送られた情報が別の神経細胞の樹状突起へと信号を送るのですが、その際に神経伝達物質が重要な働きを担っています。
その神経伝達物質の一つがノルアドレナリンです。
脳幹の青斑核(せいはんかく)にノルアドレナリン神経細胞があります。
暑さや寒さ、痛みといった不快なストレスがあると、このノルアドレナリン神経細胞からノルアドレナリンが放出され、脳全体に広く届けられます。
ノルアドレナリンの分泌がコントロールされなくなると、不安や神経症、パニック症状、過呼吸などを引き起こし、身体面でも血圧や脈拍が上昇するなどといった変化をきたします。
こういったノルアドレナリンの作用を抑える働きを持っているのがセロトニンです。
セロトニンを増やすには、日の光を浴びることやリズミカルな運動をすることが有効であるとされています。
日常生活の中で取り入れることで、恐れに対処しやすくなるかもしれません。
まとめ
恐れを生み出すメカニズムについて、脳の観点から説明しました。
恐れは、先に進むのに足を引っ張る要因となりますが、適度の恐れは、危機管理をするうえで重要なものです。