はじめに《社会に関わる意識を育てる》
私の子供達はエジプトにあるインターナショナルスクールの高校に通っています。
そこでは日本の学校にはない授業や教育に対する考え方があります。
世界の教育ではいったいどのようなことを教えているのでしょうか?
今回は国際バカロレアというプログラムの「CAS(クリエイティビティ、アクション、サービス)」という授業をご紹介して、その授業で生徒達がどのように自立心を育んでいくかお伝えします。
そうすることで各家庭の教育から、やがては日本や世界の教育が更に進化していくきっかけになれば幸いです。
1.CASとは何か?
現在、インターナショナルスクールの多くは国際バカロレアというプログラムを採用しています。
国際バカロレアは、親が世界の国際機関等で働く家庭の子供達が母国での大学進学のため、様々な国の大学入試制度に対応し、1つの国の制度や内容に偏らない世界共通の大学入学資格及び成績証明書を与えるプログラムとして開発されました。
その目的を、より良い平和な世界を築くために貢献する人材育成としており、その教育プログラムの特徴として「全人教育」を掲げています(ウィキペディアより)。
そのため、国際バカロレアプログラムには地域や社会に直接関わる授業があります。
その授業がCASです。
CASとはクリエイティビティ、アクション、サービスのそれぞれの頭文字を取った授業の名前です。
「クリエイティビティ」では芸術、言語、ゲーム(チェスなど)等について生徒自身が自由に研究や制作を行います。
長女はエジプトと日本をテーマにコラージュを作成したり、アラビア語を習った結果をエッセイにして発表していました。
「アクション」はスポーツです。
体育の授業とは別にテニスやゴルフ等のスポーツを選んで、そのスポーツをしたことで自分にどのような変化があったかをデータなども含めてエッセイにします。
「サービス」は社会奉仕のことです。
生徒達は学校周辺の地域にある問題を見つけてそれを解決するプロジェクトを行います。
プロジェクトは個人で行うものと、グループで行うものの2種類があります。
「サービス」はその地域の社会問題に直接関わっていくので生徒達の精神とその後の人生にかなりのインパクトを与えます。
今回はCASの中でも「サービス」で生徒達が自らどのように考え、関わり、学んでいくかをご紹介したいと思います。
2.「サービス」が生徒に与えるインパクト
長女が通っているインターナショナルスクールでは2年に渡り国際バカロレアのプログラムが行われます。
そのためCASの授業も2年間あります。
長女は個人で行うCASのプログラムとして孤児院で英語を教えるボランティアをしました。
1年目は毎週エジプト人の孤児達に英語を教えていましたが、2年目からはビジュアルアートの授業で一緒だったクラスメイトを誘ってアートを通じて英語を教えたそうです。
CASでは何をするかも、それをすることで達成する目標も、全て生徒が自由に決められます。
そうすることで発想から結果まで生徒自身が責任を持つことになり「自由と責任」は切り離せないものであるということを体験することができるのです。
長女もCASを通して、理想を掲げて行動できる自由さと、それと共にその理想を成し遂げる責任の大きさと難しさを体験したようです。
3.CASプロジェクトの効果と課題
グループで行うプロジェクトのことをCASプロジェクトといいます。
必ず2名以上のグループで行い、計画の段階から最低3ヶ月の活動期間を取らなければなりません。
既存のプログラムに参加するのではなく自分達からイニシアチブをとって地域に役立つプロジェクトを実行することも条件になっています。
長女は孤児院に通っていたので、孤児院とコラボしてCASプロジェクトを行いました。
孤児院に一番必要だったのが資金だったので、子供達が作ったぬいぐるみをクリスマスバザーで売って寄付をしたそうです。
また、長女の通っているインターナショナルスクールに孤児院のために使える予算があったので、そのお金で大きいキャンバスと画材を買いました。
その画材で子供達が普段できないアート体験を提供しようということになり、好きなだけ絵具を使ってキャンバスに抽象画を描いてもらいました。
最初は題材を決めようとしたそうですが、子供達に好きなものを好きなように描いてもらったら抽象画になったそうです。
筆も使わず手に直接絵具をつけて描くという授業を4~5回行い、そうやって描いたキャンバスの1つはクラスメイトが買ってくれてそのお金も孤児院に寄付しました。
実際に孤児院に寄付ができたのは大きな喜びとなりましたが、自分達ではどうにもできないエジプト社会の問題に直面したこともありました。
エジプトには養子縁組制度がありません。
そのため、基本的に孤児達は18歳まで孤児院で暮らさなければならないのです。
女の子の大半は18歳になると結婚して孤児院を出ていきます。
長女の通っていた孤児院は政府から多少の補助をもらっていたので孤児の中には大学に行ける子もいたそうですが、厳しい現実には変わりありません。
孤児院の中に特別支援の必要な女の子がいました。
その子の教育費が出ないことが孤児院のスタッフの悩みだったそうです。
金額を聞いたら1年分はインターナショナルスクールの予算で払えることが分かりました。
しかし、そこで本当に払うことが良いことなのかという問題に直面しました。
たとえ1年分は払えても、長女が卒業してこのプロジェクトが終わってしまえばその女の子はまた学校に通えなくなってしまいます。
長女のグループは払わない選択をしたそうです。
孤児にとっては「その時にたまたま助けてくれる人はいても、ずっと一緒にいてくれる人はいない」という見方になってしまうので中途半端に寄付をすることを止めたそうです。
結局、その女の子は政府からの補助金で学校に通えているそうですが、エジプトには同じような問題が山積しています。
この問題に直面した時、自分が良いと思ってした選択がかえって相手を苦しめることになるかもしれないというジレンマに苛まれたそうです。
長女はもうすぐ卒業するので、この孤児院へのプロジェクトは終了します。
しかし、孤児院の問題が解決したわけではないのでプロジェクトを引き継いでくれる後輩をリクルーティングしているそうですが、責任があるプロジェクトなのでなかなか引き受けてくれる後輩が見つからず難航しているようです。
「サービス」の体験で生徒達の受け取るものは計り知れませんが、同時に、社会問題を解決できない自分達の無力さや継続したくてもできない現実に直面することになるのです。
おわりに《これからの教育の在り方を考える》
長女のクラスメイトが行ったCASプロジェクトで高い評価を受けたプロジェクトがありました。
エジプトにはガーベジシティと呼ばれる場所があり、そこには先祖代々ゴミの収集を生業にしている貧しい人達が住んでいます。
クラスメイトのグループはそこの住人にブランケットを支給するプロジェクトを行いました。
学校の生徒達から不要になったブランケットを寄付してもらったり、パンやお菓子を売るなど様々な方法を使って自分達で資金を集め150枚ものブランケットを寄付したのです。
そして実際にガーベジシティの住人に自分達の手でブランケットを届けに行ったそうです。
ガーベジシティの人達は屋根や壁が崩れたボロボロの家に住んでいます。
持ち物などほとんどありません。
しかし、極貧の人達だからこそこの活動に心から感謝して、何もない家に生徒達を招いてお茶を出そうとしてくれたそうです。
インターナショナルスクールに通う生徒達はエジプトの中でも特に裕福な家庭の子供達です。
その子供達がエジプトで最も貧しい人達の家に行くことは、このプロジェクトがなければあり得ないことでした。
CASプロジェクトがあったからこそ自国の現実を直接知ることができたのです。
日本にもたくさんの問題があります。
しかし、その問題の多くはテレビのニュースや新聞などで見聞きするだけで、当事者にならない限り他人事で終わってしまうものがほとんどではないでしょうか?
もし日本の教育にCASのような授業が導入されたら子供達はもっと自分の国に興味を持ち、自分達で日本をより良い国にしていこうという意識が高まるかもしれません。
自分達の暮らす地域や国が良くなることを望まない人はいないと思います。
それを誰かがやってくれる他人事としてらえるのか、自分で主体的に関わって良くしていくものととらえるのかは、これからの教育の在り方にかかっていると思います。
日本にも素晴らしい教育があります。
実際に、エジプト政府の要望でエジプト・日本教育パートナーシッププログラムがスタートし、エジプトの公立小学校に日本式の教育が導入されています。
現在は、朝礼、日直、掃除が実施されていて、将来的には文化祭、体育祭の企画・開催も予定しています。
エジプトに日本式教育を導入することで、日本人の持つ高い道徳観、倫理観、規律、協調精神をエジプト人の子供達が学びます。
そうすることで包括的な人格形成を行い、エジプトの社会の発展を目指しているのです。
もし、全人教育を基礎にしている日本の教育に国際バカロレアのCASのようなプログラムが導入されたらどうなるでしょうか?
共感力の高い日本人の子供達なら実際に社会を変える素晴らしいプロジェクトを作り出して実行していくかもしれません。
現在の日本でも学校によっては社会問題に直接関わっているところもありますが、もしそれを日本人全体が自分のこととして考え関わっていけたら、やがて日本の教育が変わり、そして世界の教育が変わっていくことになるかもしれません。
今後も『世界の教育「国際バカロレア」』をシリーズでお伝えしていきます。
新しい時代の教育を考え、実行していくきっかけになれば幸いです。