- モロヘイヤスープがきっかけで「値切り上手」になったお話
- エジプトの老夫婦から学んだ交渉の技術
- ビーガン・モロヘイヤスープの作り方
エジプトで生活していたころ、エジプトのお料理を通じて様々な経験をしました。
その中でも一番思い出深い「モロヘイヤスープ」を巡っての思い出と成長をお話しします。
はじめに:モロヘイヤスープはエジプトのお味噌汁
25歳の時に結婚して夫の赴任先であるエジプトで新婚生活を送りました。
エジプトに住み始めて最初に大好きになって、今でも夏になると食べたくなるのがモロヘイヤスープです。
モロヘイヤスープはエジプトの家庭料理で、日本のお味噌汁のようなお料理です。
ご飯と一緒に食べるスープなのでやっぱりどこかお味噌汁に似ていて日本人も馴染みやすいお料理だと思います。
今回は、モロヘイヤスープにまつわるエジプトの思い出と、ビーガン・モロヘイヤスープの作り方をご紹介します。
夫に騙されていったお肉屋さん
エジプトでは「値切り」が必須!?
「何これ!美味しい!!」
結婚式から1週間後に夫の赴任先であるエジプトの首都カイロでの生活が始まりました。
夫に連れて行ってもらったレストランで初めてモロヘイヤスープを食べた時の感動は今でも覚えています。
美しい緑色のトロッとしたスープからニンニクと様々な香辛料の香りがして、お腹がグーっと鳴りました。
初めて食べたはずなのに、一口すするとどこか懐かしい味がしました。
それ以来この料理が大好きになり、休日に外食する時は必ず注文していました。
モロヘイヤスープは家庭料理だと知って、作り方もわかったある日、この料理に挑戦してみることにしました。
しかし、まだカイロの事情に慣れていなかったので何処で材料を買ったらいいか分かりませんでした。
一般的なモロヘイヤスープは骨付きの鶏肉かうさぎの肉から取った出汁を使います。
うさぎの肉は抵抗があったので、夫に何処に行ったら鶏肉が買えるのか聞きました。
中東専門家の夫はエジプトでの買い物の仕方を教えてくれました。
当然のことながら、お肉はお肉屋さんに売ってるよ
うん
お肉屋さんでは量り売りだから、みどりちゃんも何グラムの鶏肉が欲しいのか伝えてね
うん
それから、お店に行ったら必ず値切るんだよ
え?
エジプトでは必ず値切って買い物をするんだ。値切らないと高い買い物をさせられるからね
・・・
東京生まれ東京育ちの私はそれまでの人生で買い物の時に値切ったことなどなかったので困惑していると、夫にこう言われました。
他の日本人の奥さんたちもみんな値切って買い物をしているから
みどりちゃんも頑張らないと!
いざ!お肉屋さんへ!
そして、夫に教えてもらったお肉屋さんに行きました。
店先には皮を剥がれた首のない牛や羊がぶら下がっています。
お店に入るにはその下をくぐらなければなりません。
なかなか勇気が出ず、しばらくお店の前をウロウロしていました。
「帰ろうかな、、、」とも思いましたが、美味しいモロヘイヤスープを作るためにはどうしても骨付きの鶏肉が必要でした。
そこで、意を決して、(意味はないけど)息を止めて一気にお店の中に駆け込みました。
「サバハルヘール(こんにちは)」
大きな肉切り包丁を持ったお兄さんが私を見て笑顔で話しかけてきました。
「サバハルフール(こんにちは)」
覚えたてのアラビア語で挨拶をして、なんとか200グラムの鶏肉が欲しいことを伝えました。
お兄さんがお店の奥から200グラムの鶏肉を持ってきて値段を言いました。
「(そうだ、値切るんだ!)」と思った私はこう言いました。
「ガーリ!ガーリ!(高い!高い!)」
お兄さんはキョトンと目を丸くしてしばらく私を見た後、大笑いをしてこう言いました。
「じゃあ、ちょっとオマケしてあげるよ」
その後も、そのお肉屋さんに行く度に値切りました。
そしてお兄さんはニコニコして少しだけオマケをしてくれました。
騙されたけど楽しかった!
しばらくして、日本人の奥さんたちのお茶会に行った時にこの話をしました。
するとその場が一瞬シーンとなったかと思うと口々にこう言われました。
「私、お肉屋さんなんて気持ち悪くて行ったことない!スーパーで普通にパックのお肉買えるわよ」
「観光に行った時にたまに値切ることはあるけど、普段の買い物で値切らないわよ〜」
「向さん、ご主人にからかわれたのよ(笑)」
それを聞いて顔から火が出るほど恥ずかしくなりました。
帰宅してから夫に猛烈に抗議をすると、夫は笑いながらこう言いました。
「あんなお肉屋さん日本にはないし、普通にスーパーでパックのお肉を買うより面白いでしょ。それに、値切るのはコミュニケーションを楽しむ方法の一つだよ。楽しかったでしょ?」
夫から騙されて最初は怒りがおさまりませんでしたが、よく考えると確かに楽しかったのです。
私が買い物に行く度に肉屋のお兄ちゃんは喜んで相手をしてくれました。
常連になったらオマケも増えてきました。
結果的に、楽しく買い物をして美味しいモロヘイヤスープも作れたので、夫のことは許すことにしました(笑)
値切りの技術から「交渉上手」へ
「値切る」ことはコミュニケーションを楽しむ手段
夫に騙されて身についた「値切りの技術」ですが、その後、大変役に立ちました。
オールドカイロという地域にハンハリーリ・バザールという14世紀から続く市場があります。
ハンハリーリではお土産物、香辛料、日用品、銀細工、民族衣装のガラベーヤなど何でも手に入ります。
ここでの買い物は基本的に値段交渉をして価格が決まります。
品物に価格が表示されていない場合も多く、「観光客価格」「現地に住む外国人価格」「エジプト人価格」があってお店の人がお客さんの顔を見て値段を決めると言われています。
値切りの技術があれば、観光客でも現地に住む外国人の価格で買えたり、私のように現地に住む外国人でもエジプト人価格で買い物をすることができます。
ハンハリーリにあるパピルス屋さんによく買い物に行きました。
パピルスとはカヤツリグサ科の植物の一種で古代エジプトではこの植物から紙を作り、文書として保存していました。
今ではパピルス紙に古代エジプトの遺跡の絵や模様を印刷したしおり等が人気のエジプト土産として売られています。
このパピルス屋さんには定番のお土産の他に、美しい朝陽や夕陽を背景にしたピラミッドの絵や斬新な現代アートを描いたパピルスも売られていたのでお気に入りのお店になりました。
最初は「少しでも安く買いたい」という気持ちから値切っていましたが、上手く値切れるようになればなるほど、この考えが変化していることに気づきました。
自分だけでなく相手の利益もできるだけ大きくなることを意識し始めたのです。
パピルス屋さんに通ううちに店主と仲良くなり、日本から友達が来た時には必ず連れて行きました。
店主は何も言わなくても値引きをしてくれるようになり、オマケのお土産もつけてくれるようになったのです。
買い物をしなくても、私が行くと笑顔で迎えてくれて、お茶を飲みながらしばらく話をして帰るということもありました。
最初に夫が言ったように「値切ることはコミュニケーションを楽しむ手段」なのです。
「交渉上手」の本当の意味
当時のこうした体験から、私は交渉上手になっていきました。
お互いの利益(お金だけでなく、心や気持ちを豊かにすることも含めた利益)を最大にすることを意識すると、多くの場合、相手と良い関係を築いて受け取れるものも多くなっていったのです。
ハンハリーリにスノヒという老夫婦が営んでいるアンティークショップがありました。
エジプトやヨーロッパの美しい銀細工やガラス工芸品のアンティークを売っていました。
スノヒ夫妻は上品なイギリス発音の英語を話す教養のある人たちでした。
私が訪れると昔のエジプトの話や品物にまつわる物語を話してくれました。
そのお店ではあえて値切ることはしませんでした。
現地に住む友人・知人や、日本から観光に来た友人を連れていくと、スノヒ夫妻は何も言わなくても必ず妥当な金額を値引きしてくれるのです。
彼らと私との間で信頼関係ができていたので自然にやり取りが成立しました。
これが本来の「交渉上手」なのだと思います。
スノヒのお店では本当に多くの事を学ばせてもらったと思います。
25年前に彼らのお店で買って、今でも大切にしているバカラのリキュールグラスを見るたびに当時の感覚を思い出します。
ビーガン・モロヘイヤスープの作り方
基本のモロヘイヤスープは骨付きの鶏肉で出汁を取りますが、ここではビーガン・モロヘイヤスープの作り方をご紹介します。
これなら皮を剥がれた首のない牛肉や羊肉がぶら下がったお肉屋さんに行く必要はありません(笑)
【材料】
モロヘイヤ 1〜2束
玉ねぎ 半分〜1個
水 1リットル
ニンニク 1〜2片
無添加ブイヨン 4g
クミン(粉) 適量
コリアンダー(粉)適量
カルダモン(粉) 適量
塩 適量
オリーブオイル 適量
【作り方】
1. モロヘイヤの葉っぱを少量のお湯の入った鍋に入れてしんなりするまで茹でて細かく刻みます。
*生の葉を刻んでもOKですがかさばるので茹でた方が刻みやすいです。
2. 玉ねぎとニンニクをみじん切りにして鍋にオリーブオイルを適量入れて炒めます。
3. 2に水を入れて沸騰させ、クミン、コリアンダー、カルダモン、塩、無添加ブイヨンで味付けをします。
*モロヘイヤを入れてから味付けをするとネバネバして香辛料や塩が溶けにくいので先に味付けをします。
4. 刻んだモロヘイヤを3に入れます。モロヘイヤとスープがなじむようにかき混ぜます。
*モロヘイヤの葉が細かい方が好みであればハンドミキサーなどを使ってもOKです。
5. 完成!薬味として刻んだ玉ねぎやトマトと一緒に食べても美味しいです。
おわりに:舌の記憶
新婚時代に住んだエジプトは私の人生の中でも第二の故郷と思える国になりました。
普段の生活では25年も前のことは忘れてしまっていますが、当時食べていたものを食べると記憶が蘇ってくることはよくあります。
モロヘイヤスープを食べるとエジプトでの色々な思い出、感情、感覚が蘇ってきます。
何も分からない若い私たち夫婦をエジプトの人たちが温かく迎えてくれて、困った時は助けてくれて、嬉しい時は一緒に喜んでくれた日々のことを鮮明に思い出します。
食事をするというのは、幸せな記憶を舌に刻み込むことなのかもしれません。
これからも、たくさんの幸せな記憶を舌に刻んでいきたいと思います。